夕暮れ後のラッシュ時間に多くの電車が行き交う阪神尼崎駅。神戸方面へ赤いテールランプが遠ざかっていった(長時間露光)
本線と新線の分岐点になる尼崎駅。周辺活性化への期待がかかる
新線開業で乗り入れる近鉄は最長10両編成。現在の阪神は最長6両のため、尼崎駅ではホームの延伸工事が進む
大勢の買い物客でにぎわう駅前商店街。阪神甲子園球場が近いだけに、タイガースへの応援には力が入る=いずれも兵庫県尼崎市
台船に載せられて移動する安治川橋梁=07年3月、阪神電鉄提供
フォトギャラリー
大阪・キタとミナミの双方に乗り入れる初めての私鉄――。60年越しの阪神電鉄の悲願が、来年3月にかなう。
尼崎から近鉄難波へ至る「阪神なんば線」の開業だ。近鉄と相互乗り入れし、神戸と奈良が約80分で結ばれる。
戦後の復興に歩調を合わせて、尼崎から梅田へ向かう乗客は急激に増えた。このままではパンクするとみた阪神電鉄は1948(昭和23)年、尼崎から難波へ延びる新路線の許可を国に申請。大阪方面へのルートを2本にすることで乗客の分散を狙った。
ところが、59年に認可を得て着手した工事は用地買収交渉の難航で67年に中断。尼崎から延びた線路は、難波を目前にした西九条で止まり、盲腸のような西大阪線として運行されてきた。大阪市などが出資する第三セクターが残り3.4キロを整備し、阪神電鉄が線路を借りて運営する方式で再認可されたのは01年のことだ。
右肩上がりの時代は去った。阪神電鉄の輸送人員は一日44万2千人で、ここ25年間で最多だった91年度の7割に減った。一方、新規開業の西九条―近鉄難波だけで一日8万4千人の利用が見込まれ、「本線との分岐点にあたる尼崎駅周辺の活性化につながるはず」と地元商店主らの期待は膨らむ。
レールでつながる「古都」奈良と「下町」尼崎。意外にも、二つのまちには古い関係があった。
■ちゃんとおもろい民の街
阪神尼崎駅近くの尼信博物館で11月9日まで開かれている「中世尼崎の風景展」(尼崎市教委主催)を訪れた。平安時代末期から鎌倉時代にかけて描かれた地図を見ると、現在の阪神尼崎駅の北側に、奈良・東大寺が756年に寄進を受けた荘園「猪名荘(いなのしょう)」が記されていた。
東大寺は室町時代の終わりごろまでこの荘園の経営にかかわり、奈良・興福寺も尼崎に別の荘園を持っていたという。学芸員の楞野(かどの)一裕さん(48)が解説してくれた。「尼崎は瀬戸内海に面し、神崎川を通じて京と結ばれる位置にある。鎌倉時代の遺跡から中国製陶磁器が見つかるほど人やモノの往来が盛んだった。奈良の有力な寺にとっても重要な交通の要衝だったのでしょう」
尼崎という地名も海に由来するらしい。鎌倉・室町時代の古文書には「海士崎」「海人崎」との表記がある。
明治時代になると、地方から労働者を集める工都として発展を始める。市史によると、尼崎紡績(現ユニチカ)が1906(明治39)年、鹿児島・知覧から若い女性労働者15人を受け入れたのが先駆けという。戦後の経済成長期に拍車がかかり、九州、沖縄、中・四国などを中心に各地から働き口を求める人が流入した。
◇
同郷のきずなは、今も強い。今月4日夕、阪神尼崎駅前に奄美大島の歌が響き、踊る人々の輪ができた。島の特産品フェアだった。尼崎に住む島の出身者ら約60人が集い、黒糖焼酎やサトウキビジュースなどの販売を切り盛りした。
竹原利光さん(75)は約45年前に島からここへ移り住んだ。台風が多くて農業の収穫が安定しないため、身内を頼って古里を出たという。裸一貫から自営業を起こし、ここに根を下ろして市議も務めた。「人口46万人の尼崎市に、今では2世、3世も含めて約6万人の奄美出身者がいる、との説もあるぐらいです」
駅前商店街の一角に、「メイドインアマガサキ」を発信する第三セクター「TMO」の事務所がある。街おこし会社を土台に、市や商工会議所などが出資して02年に発足した。
江戸期創業の天ぷら店がつくるサツマ揚げ、電磁調理器で水から温めることができるように底が平らな「湯たんぽ」、世界最高レベルの性能を誇る有人潜水調査船「しんかい6500」に使われる高圧バルブ……。海や先端技術など尼崎のイメージを映す逸品を掘り出し、全国に紹介している。
◇
事務局長の伊良原源治さん(59)は阪神なんば線の開業を前に意気込む。「サンダル履きで来てもらえるところやけど、ちゃんとした商品もあって、ちょっとおもろいもんもある。『アマ』の身の丈の魅力をもっと知ってもらいたいね」
気取らない雰囲気の中に、歴史の深みがのぞく街だった。
(文・木元健二 写真・荒元忠彦)
鉄っちゃんの聞きかじり〈船で来たあじかわ橋梁〉
阪神なんば線の西九条―九条間にある安治川橋梁(きょうりょう)は、台船を使ったユニークな工法で設置された。河口に近いため、潮の満ち引きで川の水面が上下するのを利用した。
まず、現場近くに浮かぶ台船の上で橋梁を組み立ててしまう。満潮時に現場へ運び、徐々に潮が引いて所定の高さまで下がってくるのを待ってから据え付け作業。さらに水位が下がると、台船が現場を離れていくという工程だ。
橋梁の長さは89メートル、総重量は530トンもあるが、主に水上で作業し、場所が狭くて済むため、建物が密集して空き地の少ない都心での工事に向いているという。
地下に新設される「ドーム前駅」のホームは、近くを走る大阪市営地下鉄の長堀鶴見緑地線とぶつからないように地下約30メートルで工事中だ。地下鉄が何本も交差する東京を除けば、かなりの深さという。
探索コース
阪神尼崎駅構内にある「尼センデパート」には所狭しと食品や雑貨の店が並び、下町の活気を感じさせる。寺町地区の歴史は深く、江戸期に尼崎城が築かれた際、点在していた寺院を集約したのが始まり。今は11寺院が残り、国の重要文化財の建物も。団体客向けのボランティア案内があり、希望者は2週間前までに市(06・6489・6385)へ申し込みを。