松山城をバックに自動車と並んで走る「坊っちゃん列車」。蒸気機関車のように見えて、実は白い煙をはくディーゼル機関車だ
車体下部の転車台を利用し、人力で方向転換する「坊っちゃん列車」
吹きさらしになっている「坊っちゃん列車」の運転台。重労働だが乗務希望者は絶えない=いずれも松山市
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1キロあたり6分。市民ランナーの軽いジョギングと同じぐらいの速度で、深緑色の小さな機関車が路面電車の線路を進む。両脇をせわしなく行き交う車に気後れする様子もなく、マイペースでビル街を走り抜けていく。
「乗り込んでみるとマッチ箱の様な汽車だ」
夏目漱石が「坊っちゃん」にそう書いたのは1906(明治39)年のこと。伊予・松山はこの青春小説のおかげで全国区の町となり、伊予鉄道の蒸気機関車は54(昭和29)年に姿を消すまで「坊っちゃん列車」として親しまれた。
漱石の小説執筆から1世紀近く過ぎた99年、四国と本州を結ぶ3本目の架橋ルート「瀬戸内しまなみ海道」が開通すると、松山市や地元経済界は観光と町おこしの新しい素材を求めた。温泉はある。城も見える。次は何だ? 浮上したのは、過去に何度か復活話があった坊っちゃん列車だった。
最初の構想は、漱石が明治半ばに旧制松山中学で1年間教壇に立った際に乗った蒸気機関車をよみがえらせることだった。しかし、今や立派な都会になった松山に、石炭をたいて黒い煙をまき散らしたのでは観光どころの話ではない。新たな蒸気機関車運行に対する国の認可も例がない。
それでも本物そっくりにしたい。伊予鉄道が生み出した新たな機関車には、たくさんのアイデアが詰め込まれた。
■おれは、後ずさりしねぇ
現在の「坊っちゃん列車」がはき出す煙は、白い。水蒸気に特殊なオイルを混ぜた「疑似排煙」だ。見た目は蒸気機関車でも、実は低公害型のディーゼル車。松山市内で保存されている初代機関車を正確に採寸して製作された。
汽笛の音は、明治の響きを再現するため試行錯誤した。当時の録音は残っておらず、機械マニアの車両課の社員が作った汽笛を、初代機関車に乗務した経験があるOBに何度も聞いてもらった。「ちいと音が低うて、こもりすぎじゃのう」「今度は高すぎじゃ」。ちょうどいい音に落ち着くのに半年かかったという。
さらに浮上した難問は、車両の方向転換の方法だった。
伊予鉄道の路面電車には前後に運転台があり、どちら向きでも走ることができる。方向を変える施設がいらないため、電停はコンパクトなつくりだ。ところが、坊っちゃん列車は機関車の「顔」があり、逆向きに運行するわけにはいかない。狭い電停の中でどうやったら180度回転させられるか。
車体製作にあたった新潟鉄工所(現・新潟トランシス=東京都)は、車体下部に油圧式で上下する転車台を取り付けることを思いついた。台を路面に下ろして車体を浮かせ、人力で「回れ右」をさせる。車両の全長と同じ直径約5メートルの空間があれば、方向転換が可能になった。
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伊予鉄道は1888(明治21)年、松山市南部の山から切り出した木材を瀬戸内海に面した三津港へ運ぶ機動力として誕生。当初は松山―三津のわずか6キロで、レール幅が国際標準の約半分、762ミリで済む軽便鉄道だった。ここを走った蒸気機関車がドイツから輸入した「マッチ箱」だ。
明治中期には松山市郊外へ路線を延ばし、競合会社を合併吸収。1911(明治44)年には道後温泉に向かう道後線が1067ミリのレール幅に改められ、電車が走り始めた。それでも、小さな蒸気機関車は元気だった。
「(運転する)機関庫の連中は勢いがよかったですよ。『わしらは入社したんじゃない。機関庫に弟子入りしたんじゃ』言うて。秋には線路沿いの柿の木から実をとったり、畑の枝豆引っこ抜いて機関車のボイラーで湯がいたり」。戦後に「かまたき」の機関助手として坊っちゃん列車に乗っていた松山市の西井健さん(78)は振り返る。小説「坊っちゃん」を地でいく青春だった。
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新しい坊っちゃん列車の利用者は年間約15万人。「利の上がるものではないが、今や道後温泉、松山城と並ぶ観光資源」と伊予鉄道総務部の担当者。そのおかげかどうかはわからないが、同社の路面電車の乗客数はここ数年、年間700万人以上を維持している。
「まちを走る姿を見ると、かわいいもんよ。わしらの孫みたいなもんじゃ」。西井さんは昔を懐かしむように目を細めた。
(文・小滝ちひろ 写真・日置康夫)
鉄ちゃんの聞きかじり〈暑くても寒くても笑顔で〉
坊っちゃん列車のディーゼル機関車は、明治時代の外見を忠実に再現した。だから、運転台は吹きさらし。蒸気機関車のようにかまに石炭をくべる熱さはないが、夏は暑くて冬は寒い。冷暖房がよく利く電車とは大違いの「劣悪」な労働環境だ。
とはいえ、運転中は客車や沿道から観光客らの視線が注がれ、へたにあくびもできない。観光の目玉なのだから、ソフトな接客態度も求められる。
「我が社の中でも厳しい仕事のひとつでしょう。夏場など、運行後の乗務員は控室でぐったりしている。ようがんばるなと感心します」と伊予鉄道鉄道部営業係長の妙見達也さん。それでも、毎年数人の乗務希望者がいるという。
ちなみに、夜間など道後温泉駅の引き込み線で車体を展示している時は、雨風よけの透明ガラスの「窓」と鍵が取り付けられている。
探索コース
道後温泉駅前には「からくり時計」がある。午前8時から午後10時まで原則1時間ごとに時計台がせり上がり、「坊っちゃん」たちの人形が踊る。道後温泉本館はここから徒歩5分。松山市中心部には、夏目漱石の下宿を移築して公開している「愚陀仏庵(ぐだぶつあん)」や、司馬遼太郎の小説をテーマにした「坂の上の雲ミュージアム」などの観光スポットがある。