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ぷらっと沿線紀行

流れに沿い 流れに挑み JR三江線

2008年11月22日

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写真朝霧が立つ江の川。アユ漁の舟が静かに揺らした水面を、三江線の車両のヘッドライトが照らした=広島県三次市写真三江線を走った「お座敷列車」。車内ではクラシックコンサートなどが催された=島根県邑南町写真三江線は江の川に寄り添いながら、中国山地を縫うように走る=島根県江津市写真高架上にある宇都井駅。中央の構造物の内部に階段がある=島根県邑南町地図    フォトギャラリー

 江津(ごうつ)駅(島根県江津市)を出発した1両のワンマンカーは、江(ごう)の川に沿って上流の三次(みよし)駅(広島県三次市)へ向かう。延長約108キロの大半が山あいを通る三江(さんこう)線。カーブが続いて時速30キロしか出せない区間が多く、並走する国道の車にあっけなく追い抜かれる。

 一日に上下で計17本、このうち江津―三次の直通は計3本しかない。ほとんどの駅は無人。整理券を取って乗車し、運転席の横にある箱へ運賃を入れて降りる。

 このローカル線に今月初め、2両編成の「お座敷列車」が走った。企画したのは地元の鉄道ファンらでつくる団体。代表の沖田貴さん(34)が「本数が少なく乗り継ぎが難しい三江線を、貸し切り列車でゆっくり味わおう」と呼びかけ、広島、石川、千葉など全国各地から約40人が集まった。

 川をさかのぼるにつれ、赤や黄色の紅葉が鮮やかさを増す。畳敷きの車内で足を伸ばしていた広島県呉市の住吉哲次さん(85)は「前から一度乗ってみたかった。景色が良くて楽しい」。通常は片道3時間余りだが、この日は約6時間かけて三次駅に着いた。

 昭和初期に一部が開通してから、全線がつながるまで45年間もかかり、時代の流れとかみ合わなかった典型的な赤字路線。一日の平均乗客数は約400人にまで落ち込んだ。廃線の心配を抱える地元は、そんな「秘境」ぶりを逆手にとったPRを始めた。

■ふと見れば、そこに極上

 江の川は物資輸送の「幹線」だった。江戸時代には中国山地で生産された鉄や木炭が船で河口の江津へ運ばれ、北前船に積み替えられて大阪方面に向かった。江津は川と海を結ぶまちとして栄え、当時の商家の蔵がいまも残る。

 大正末期には、後部に積んだプロペラを回して進む船が定期運航を始めた。その名も「飛行船」。江津市に住む松原利久さん(85)は幼いころ、これに乗って10キロほど上流の秋祭りに出かけた記憶がある。「あのころは船が一番速い移動手段だった」

 昭和に入ると、ダム開発による水量減と鉄路の登場で、川を行き来する船は次第に姿を消す。三江線の全35駅の多くは、かつての船着き場の近くに設けられた。

    ◇

 線路の敷設は江津側から始まり、1930(昭和5)年に約14キロで開業。日中戦争に突入した37年、ほぼ中間の浜原駅(島根県美郷町)まで延伸したところで工事は中断した。戦後に三次側から再開され、全線がつながったのは75年。当時、旧国鉄の経営はすでに悪化しており、赤字路線の見直しが始まっていた。

 その対象だった三江線は、道路整備が遅れた山陰地方の貴重な交通手段として存続。だが沿線の過疎化は進み、この20年間で利用客が3分の1に減った駅もある。

 06年7月、島根県内で死者5人を出した豪雨による土砂崩れで、線路が38カ所で寸断された。全面復旧までの約11カ月間、代わりにバスやジャンボタクシーが地域の足を担った。「三江線の存在理由が代行輸送で揺らいだ。もっと利用しないと廃止される」。美郷町企画課長の原田康男さん(54)はそう思った。

 原田さんら町職員有志は今年6月、三江線で隣町まで移動した後、江の川沿いにサイクリングで24キロ戻るイベントを企画し、町民ら20人が地元の美しい景観を再認識した。07年度には沿線6市町が三江線を利用した11のイベントに補助金を出し、住民ら計329人が参加。沖野健・美郷町長は「一つずつ積み重ね、外からも多くの人を呼び込みたい」と意気込む。

    ◇

 地域おこしに取り組む住民グループは02年、無人の川戸駅(江津市)に事務所を置いた。05年にNPO法人となり、都会からの移住者を増やすためインターネットで空き家を紹介するほか、今年6月には2泊3日の田舎暮らしツアーを企画。大阪などから8人が訪れ、野菜畑を見学したり、住民と一緒に郷土料理を囲んだりした。

 理事長の河部真弓さん(51)は99年、夫の故郷であるこの地に東京から移り住み、里山の風景や地域を支える人々の営みに感激した。江の川で取れるアユやカニ、有機栽培の桑やゴボウ、伝統芸能の石見(いわみ)神楽……。「沿線には宝物がたくさんある。ここは『極上の田舎』です」

 足元を見つめ直せば、地域再生のヒントを拾えるかもしれない。

(文・西江拓矢 写真・飯塚晋一)

鉄ちゃんの聞きかじり〈116階段「天空の駅」〉

 三江線が全線開通した1975年に誕生した宇都井(うづい)駅(島根県邑南(おおなん)町)は高さ約20メートルの高架上にあり、鉄道ファンは「天空の駅」と呼ぶ。エレベーターもエスカレーターもなく、地上から116段の階段を上らないとたどりつけない。

 広島県境に近い山間部。二つのトンネルに挟まれた約200メートルの区間が高架になっている。線路は江の川を渡る鉄橋の高さのまま山を貫いているからだ。なぜこんな所に駅を設けたのか。JR西日本米子支社に聞いてみたが、「当時の資料がないので、はっきりしたことはわかりません」。

 ホームに立つと眼下に集落と水田が広がる。抜群の景観を求め、関東方面から飛行機と鉄道を乗り継いで訪れる人もいるとか。無人の駅舎に置かれた「ファンクラブノート」には、「念願がかないました」などのメッセージが書き込まれていた。

探索コース

 柿本人麻呂の研究で有名な歌人・斎藤茂吉が人麻呂の死没地とされる「鴨山」と推定した山が、美郷町の湯抱(ゆがかい)温泉の近くにある。粕淵駅から車で約10分の鴨山公園から望むことができる。斎藤茂吉鴨山記念館には、茂吉の著書などが展示されている。入館無料。水・日曜と祝日のみ開館。問い合わせは同町教委(0855・75・1217)へ。

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