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ぷらっと沿線紀行

虎が継いだ勇者の志 阪神・阪急 今津駅

2008年12月6日

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写真阪神本線と阪急今津線がT字形に近接する今津駅周辺。手前が阪神、奥が阪急の駅舎写真阪急から阪神へ乗り換える人たちでごった返す朝の今津駅連絡通路写真阪急西宮ガーデンズ内に展示されている西宮球場の模型。縮尺は150分の1写真1965年当時の今津駅。阪神と阪急の看板が並んでいた写真(左)レールの断面を稲妻で囲んだ社章がついた阪神電鉄バス(右)HとBをハート形にデザインした社章がついた阪神バス=いずれも兵庫県西宮市地図   フォトギャラリー

 日本のプロ野球創生期から、ともに兵庫県西宮市を本拠に活躍した阪神タイガースと阪急ブレーブス。1950(昭和25)年の2リーグ分裂以降、雌雄を決する機会は訪れなかった。

 だが、小説の世界では両軍が日本一を争った。西宮市出身の作家かんべむさしさん(60)が書いた「決戦・日本シリーズ」(76年刊)。勝ったチームの選手とファンが親会社の電車に乗り込み、負けた方の線路をパレード走行できる――。こんな企画を新聞社が打ち出し、双方の対決心をあおっていくストーリーだ。勝者が敗者の線路へ乗り入れる場所に設定されたのが、阪神と阪急の駅が隣接する今津駅だった。

 ここからタイガースの甲子園球場まで阪神本線で2駅、ブレーブスの西宮球場も阪急今津線で2駅。ともに試合がある夜は、互いのナイター照明が見えたという。地元の野球ファンは「西宮ダービーは夢だった。実現していれば今津駅を大勢のファンが行き来し、大いに盛り上がったやろうなあ」と残念がる。

 阪急がオリエント・リース(現オリックス)に球団を譲渡してから今年でちょうど20年。西宮球場の跡地には11月末、西日本最大級の商業施設「阪急西宮ガーデンズ」がオープンした。ここにある西宮球場の模型を眺めていると、地域と野球の深いつながりを改めて思い起こした。

■ぶつかり合って結ばれて

 阪神関係のバスは、1929年から続く直営の「阪神電鉄バス」と、子会社が2年前に運行を始めた「阪神バス」の2種類がある。なぜ?

 阪神大震災後、西宮市ではバス利用者が減り、阪神電鉄バスとして路線維持が難しくなった。そこでコスト削減を狙い、契約運転士を主体にした阪神バスを設立したという。車体のデザインはほとんど同じで、見分け方は社章の違いだ。今年3月末現在、阪神電鉄バスは阪神間の12路線で142台、阪神バスは西宮市内の8路線で52台を走らせている。

 元阪神選手で2度の三冠王に輝いたバースさんの本名は「バス(Bass)」と発音する。登録名がバースになったのは、活躍すると新聞の見出しが「阪神バス爆発」、逆の時は「阪神バス不調」になるのを避けたかったから、との説もある。ただ球団広報によると、今や真相は不明という。

 江戸時代後期の1810年に建設された今津灯台は、いまも海を静かに照らしている。西宮から神戸にかけた一帯で造られる灘の酒は、今津港から船で江戸などへ運ばれた。幕末には、外国船の来航に備えて砲台も設けられた。

 今津駅の開業は、阪急が1926(大正15)年12月18日、阪神がその翌日。戦時中は、近くにあった軍需工場のため双方の線路がつなげられたが、戦後に阪急電車が阪神本線に誤進入する事故が起き、レールは切り離された。

    ◇

 電車、百貨店、ホテル……。互いをライバル視してきた阪神と阪急は野球でもしのぎを削った。35(昭和10)年、米国視察中だった阪急創設者の小林一三は阪神の球団結成の動きを知り、チーム結成と球場建設を急ぐよう副社長に電報を打ったという。プロ野球がスタートした36年から、阪神と阪急の定期戦は「源平大合戦」と報じられて人気を集めた。

 そんな両社だったが、06年に経営を統合。阪急時代から引き続いて現在もオリックスを応援する西宮市の西野昭彦さん(54)は「派手さはないが、きちんとした仕事ができるメンバーがそろっているのが魅力。阪神との統合で、20年前までの阪急の影が薄れるようで寂しい」と話す。

 一方、阪神私設応援団顧問の西河秀文さん(64)は「阪急にも親類のような感覚を持っていた」という。次男には、豪速球で知られた阪急の山口高志投手と同じ名前をつけた。「阪急黄金期を築いた経営手腕が阪神に生かされたら」とも考えている。

 「阪神は、できの悪い子みたいな感じやな。阪急は逆で、放っておいても大丈夫な子だった」。そう話すのは今津駅前で居酒屋「虎」を経営する大平洋一郎さん(66)。店内は阪神グッズで埋め尽くされ、「巨人のタタキ」などのメニューは全国の虎党に知れ渡る。「阪急、阪神とファンは分かれていたが、けんかする相手ではなかった。西宮の地元同士が一緒になって、理想の展開」

    ◇

 阪急西宮ガーデンズには西宮球場の歴史を紹介するコーナーが設けられた。75年に阪急が初の日本一に輝いた時のペナント、サブマリン投法の山田久志さん(60)や盗塁王の福本豊さん(61)ら往年の名選手が贈ったトロフィーなどが展示されている。中庭に埋め込まれたホームベースは、球場だった当時と同じ位置にある。阪急の球団譲渡と同時に現役を引退した山田さんは「これをめがけて投げたなあ」と感慨に浸った。

 線路の高架化に伴い、阪神と阪急の今津駅は02年に連絡通路で結ばれた。乗り換えが便利になった一方、周辺の商店街を歩く人は減ったという。それでも近くの飲食店では、客同士が「真弓新監督は期待できるで」「来季はオリックスと阪神で関西日本シリーズや」と盛り上がる。プロ野球談議にぴったりの街だった。

(文・津布楽洋一 写真・南部泰博)

鉄ちゃんの聞きかじり〈爆発も不調も困ります〉

 阪神関係のバスは、1929年から続く直営の「阪神電鉄バス」と、子会社が2年前に運行を始めた「阪神バス」の2種類がある。なぜ?

 阪神大震災後、西宮市ではバス利用者が減り、阪神電鉄バスとして路線維持が難しくなった。そこでコスト削減を狙い、契約運転士を主体にした阪神バスを設立したという。車体のデザインはほとんど同じで、見分け方は社章の違いだ。今年3月末現在、阪神電鉄バスは阪神間の12路線で142台、阪神バスは西宮市内の8路線で52台を走らせている。

 元阪神選手で2度の三冠王に輝いたバースさんの本名は「バス(Bass)」と発音する。登録名がバースになったのは、活躍すると新聞の見出しが「阪神バス爆発」、逆の時は「阪神バス不調」になるのを避けたかったから、との説もある。ただ球団広報によると、今や真相は不明という。

探索コース

 国道43号の南にある酒蔵通りには、全国に名を知られる酒造メーカーの本社や工場が立ち並ぶ。清酒造りに適しているとされる地下水「宮水(みやみず)」の発祥地の碑や、酒造メーカーが運営する博物館などもある。津門(つと)中央公園野球場は、春・夏の高校野球で甲子園出場を果たしたチームの練習場として使われ、大リーグの松井秀喜選手らもここで汗を流した。

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