住吉大社の大鳥居の前をチンチン電車が横切っていく。奥の本殿に向かってお辞儀をする男性がいた
日曜や正月には露店が並んで華やぐ境内。後ろ向きに倒れてしまいそうな反橋(そりばし)を渡って本殿を目指す
80歳で現役の161形電車。10両あり、車体の色は様々=いずれも大阪市住吉区
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江戸を出発した弥次(やじ)さん、喜多(きた)さんは、愉快な騒ぎを起こしながら住吉大社で旅を終えた。門前の繁盛ぶりに心躍り、参拝もそこそこに酒を飲もうと近くの料理屋へ転がり込んだ――。約200年前に十返舎一九(じっぺんしゃいっく)が創作し、庶民に笑いを提供した「東海道中膝栗毛(ひざくりげ)」のラストシーンだ。
2人が歩いたのは大社前を南北に走る紀州街道。当時、第一の鳥居は5キロも北の今宮辺りにあり、通りに住吉詣での人たちが絶えることはなかったという。すぐ西側には白砂青松と遠浅の海。「浜で取れたハマグリと、ふかし芋が売られててね。情緒のある参道だったと伝え聞いています」。明治元年創業の和菓子屋を街道沿いで営む斎藤安弘さん(81)は言う。
ここに阪堺(はんかい)電気軌道阪堺線の電車が走り出したのは1911(明治44)年。大社への参拝は便利になった一方で、茶屋や土産物屋が並ぶ沿道は廃れていった。昭和の初めには、第一の鳥居が台風で倒壊し、どこにあったのかさえ今では正確にはわからないという。
それでも、人々が「すみよっさん」に寄せる親しみは変わらない。初詣で客は例年200万人以上で、大阪一を誇る。
停留場でチンチン電車を降りると、大社の玄関にあたる大鳥居は目の前。弥次さんと喜多さんが見た門前らしさは薄れたが、街道が歩行者天国になる正月三が日には往時のにぎわいがよみがえる。
■すみよっさんと渡る年の瀬
紀州街道に鉄路を通した阪堺電気軌道の思惑は、住吉大社の参拝客を運ぶことだった。「住吉にては鳥居前で停(と)まります」。当時のちらし宣伝の狙い通り、阪堺線(恵美須町―浜寺駅前)の住吉鳥居前と、近くにある上町線(天王寺駅前―住吉公園)の住吉を合わせた乗降客数は、両線の停留場計40カ所の中でずっと上位だ。
レールが敷かれている辺りは、かつて砂浜だった。「宮島の厳島神社のような雰囲気だったと思ってみて。鳥居近くまで波が打ち寄せていたんです」。住吉大社の権宮司、高井道弘さん(69)が教えてくれた。
イザナギノミコトがけがれを清めるため海に入ると、3人の住吉(すみよしの)大神(おおかみ)が生まれた。そのお告げで211年に創建されたと伝わる。一般的に神社の正面は日が昇る東か南を向くが、住吉大社は縁の深い海を望む西向き。浜にあった高灯籠(たかどうろう)は、船の安全を支える灯台の役割も果たしたという。
その海は、埋め立てが進んで7キロほど遠ざかった。大社からは高速道路の高架やマンションが見える。古い町家や土蔵は戦時中の空襲で焼かれ、かろうじて残った建物もバブル経済期に次々と取り壊された。
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大社の近くで生まれ育った八木義藤さん(79)は、懐かしい風景が失われていくのを嘆かわしく思っていた。そんな時、大阪市が統一感のある街づくり事業を進めていることを知って、協力することにした。
八木さんら住民有志と市は00年に協議会を設け、大社を含む周辺36ヘクタールを保存区域に決めた。自然素材の活用、街並みと調和する色合い、瓦ぶきの屋根など新築・改修物件のガイドラインを策定。強制力はないが、地域を守る機運は高まった。「すみよっさんらしく、柔らかみのある街を残せたら」。現在は協議会長を務めている八木さんの願いだ。
街の成り立ちを語り継ぐ活動も始まった。住吉区が開く歴史勉強会に3年間参加した住民二十数人が「学んだことを生かそう」と今春、ボランティアガイド団体を結成。遠方からの参拝客や旅行客らに大社や街道の逸話を紹介する。いまや歴史の一つになりつつあるチンチン電車も題材だ。
メンバーの西谷哲子さん(59)はここで半世紀近く暮らしてきた。「それでも知らないことが多すぎて。地元の案内ひとつできないことに気づいた」とガイド活動のきっかけを明かす。開発にもかかわらず、歴史の深みを抱く街の風情に改めて気づき、「すごいところに住んでる」と実感できるようになったという。
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3年後、住吉大社は鎮座1800年を迎える。これに合わせて修復中の国宝本殿は一部の屋根が真新しくふき替えられ、今月半ばに工事用の囲いが取り払われた。大勢の初詣で客を迎える新年はもうすぐだ。
(文・高木智子 写真・矢木隆晴)
鉄ちゃんの聞きかじり〈「大阪の足」かくしゃく〉
阪堺電気軌道を走る161形の電車は80歳の現役。1928(昭和3)年に製造され、路面電車の営業車両としては全国で最も古いという。同社が保有している38両のうち10両がこのタイプだ。
木材と鋼鉄で造られていて、秋から翌春までの期間限定で運行されている。冷房設備がないから、夏場は走らせられないという。
乗降口に段差があり、揺れが大きく、すきま風が吹き込むこともある。快適さは最新機種に及ばないが、レトロで温かみのある雰囲気が多くの鉄道ファンに愛され、映画やテレビドラマにもたびたび登場。昨秋公開された映画「自虐の詩(うた)」の重要なシーンでも使われた。
車両を新調するには約1億円かかる。阪堺電気軌道の担当者は「修繕が多く、部品も特別注文。決して優等生ではないけど、そこが好かれている理由かもしれない」と語る。
探索コース
住吉大社の大鳥居から西に向かうと、大阪府営の住吉公園。かつては大社の土地で、神事で使う馬の調教などをしたところという。いまは池や花壇などが整備され市民の憩いの場に。大社の東南側には、芸事の神様の浅沢(あさざわ)神社、商売繁盛の大歳(おおとし)神社、一休禅師が暮らした牀菜庵(しょうさいあん)の跡地がある。周辺には住民たちが保存に取り組む町家や土蔵が点在する。