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ぷらっと沿線紀行

目閉じれば往時の影絵 JR備後落合駅

2009年6月13日

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写真最終列車が到着し、車両の電気が消された。運転士は宿泊所で始発までを過ごす ※写真をクリックすると拡大します 写真山の中の「秘境駅」は、初夏の緑に包まれていた。日曜日には、鉄道ファンらがカメラ片手に訪れてくる写真駅の片隅に残された転車台。緑に侵食されていた写真駅近くの元旅館には、レトロな雰囲気のたばこの販売ケースが置かれていた=いずれも広島県庄原市写真運行最終日にJR広島駅からの出発を待つ急行「みよし」=07年6月30日地図   フォトギャラリー

 さびで赤茶けた高さ7〜8メートルのアーチ形の鉄柱には、カズラがしっかりとからみついていた。直径20メートルほどの円形の土台上に、緑色にこけむした枕木が横たわる。蒸気機関車を方向転換させた転車台だ。1980年代前半まで使われていた。

 中国山地の山あいにあるJR芸備線の備後(びんご)落合駅(広島県庄原市西城町)が開業したのは1935(昭和10)年12月。2年後に全線開通した木次(きすき)線と芸備線はこの駅で接続。山陽と山陰を結ぶ拠点となった。高度成長期、駅には100人を超す職員がいた。だが過疎化と、道路網の発達により利用客が減り、97年に無人駅となった。

 今、列車は1両編成だ。ここ5年の1日平均乗客数は20人台。平日の昼間は、乗客が一人もいないということも珍しくない。

 「間違いなく日本一の秘境ターミナル駅」。そう断言するのは、「秘境駅へ行こう!」(小学館文庫)などの著書で知られる会社員牛山隆信さん(42)=広島県三次(みよし)市=だ。小学5年生で初めてこの駅を訪れた時の、わくわくするようなにぎわいを覚えている。駅前には2軒の旅館をはじめ食堂、床屋、酒屋などが軒を並べていた。

 「ここに来れば少年の心を取り戻せる。鉄道全盛期を思い起こさせる遺構が数多く残り、それを手がかりに駅の歴史に思いをはせることもできる。ローカル鉄道ファンの聖地といえる」

■青葉茂れる 秘境の引力

 備後(びんご)落合駅前で旅館を営んでいた大原チヨコさん(71)は60、70年代、てんてこ舞いだった。部屋は七つしかないのに40人近くが泊まるから、みんな雑魚寝。夕食、朝食の準備に近所の人を雇った。「忙しかったが、楽しかった。駅を中心に元気があふれていた」

 旧国鉄の保線区員として30年近く同駅で働き、近くに住む大原忠義さん(83)は、にぎわった時代の記憶が今も鮮明だ。約3400平方メートルの構内には、今はほとんど使われない3本を含め6本の線路が走っていた。「今の駅はあまり見とうないんよ。がっかりして、さびしい気持ちになるから」

      ◇

 コンクリート土台を残すだけの機関庫跡、蒸気機関車に石炭を積んだ給炭台や壊れかけた貯炭場、取り壊され更地になった鉄道官舎跡――。時が止まったような無人駅の待合室に、乗降客が待ち時間に感想をつづる「駅ノート」が置かれている。

 「何も、ない、ない。でも、すてきなところ」

 「昔にぎわった駅が、ぽつんとさみしく残っている。その存在感にジーンときます」

 ひなびた雰囲気がローカル鉄道ファンには魅力に映るようだ。

 この時期の駅は山の新緑が目に染み、薄紫のフジが彩りを添える。15年前からノートを管理する小野和彦さん(30)は「自然と一体化している駅に身を置いていると、次第に癒やされてくる」と、人気の秘密を説明する。

      ◇

 めんの上に卵やこんにゃくをのせた「おでんうどん」。07年11月、地元のNPO法人「さとやま交流館」が駅で開いたイベントで提供すると、240食が40分で売り切れた。「もう一度食べたい」と京都から来た老夫婦もいた。

 90年まであった駅の売店の名物うどんだった。関西風の薄いだしと、関東炊きといわれる関西の濃い味のおでんが絶妙にマッチした。いつ、だれが考案したのかは定かでない。「店のおばちゃんが客から頼まれ、おでんを二つ、三つのせるようになったのが始まり」と言う人もいる。

 駅から西へ約1キロのドライブインの主人兼本豊さん(83)は「駅での最後の6年は、うちの農産物加工場で作っただしと具を使っていた」と明かす。冬になると「おでんうどん」と手書きしたメニューを店内に張り出す。「味は、昔の駅の味とまったく同じ。なつかしい人はぜひ食べに来て」

 さとやま交流館は3年前から駅の清掃や植樹を続けている。今夏は、駅近くの川でヤマメのつかみ取りなども計画している。

 柳生寿憲理事長(63)には大きな夢がある。「あのさびた転車台にペンキを塗り、修理して動くようにできないか。そしてSLをこの駅に持ってきて、みんなが楽しめる公園のような場所にしたい」

 かつて栄え、そして、さびれてしまった駅。「秘境」になっても人々に愛され続けている。

(文・長尾大生 写真・新井義顕)

鉄ちゃんの聞きかじり〈「さらば急行」 ファン集結〉

 備後落合駅は02年3月23日、急行の止まらない駅となった。

 広島―米子を主に結んだ山陽と山陰の連絡列車「ちどり」。広島―新見間を中心に走った「たいしゃく」。備後落合に停車した二つの急行が、芸備線広島―三次間で運行されていた急行「みよし」に統合され、姿を消したのだ。

 40年以上にわたり慣れ親しんだ急行がなくなることは、地元の人たちには「一つの時代が終わったさびしいニュース」だったという。

 だが、この「みよし」も07年6月30日、乗降客の減少や車両の老朽化などを理由に廃止になった。「みよし」は、1961年に製造が始まった「キハ58系」の急行型ディーゼルカーを使った最後の急行。そのため、廃止前の数カ月、芸備線沿線や各駅には、列車の雄姿を写真に残そうとする鉄道ファンが全国から集まった。

探索コース

 備後落合駅から、タクシーを利用すると、20分ほどで道後山や比婆山連峰への登り口に到着する。道後山山頂は360度のパノラマが広がり、天気がいいと伯耆(ほうき)富士と言われる大山も望める。この季節は新緑に加え、ツツジが色鮮やか。山開きは21日で、地元の比婆荒神神楽や太鼓の演奏がある。問い合わせは西城町観光協会(0824・82・2727)へ。

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