最終列車が到着し、車両の電気が消された。運転士は宿泊所で始発までを過ごす
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山の中の「秘境駅」は、初夏の緑に包まれていた。日曜日には、鉄道ファンらがカメラ片手に訪れてくる
駅の片隅に残された転車台。緑に侵食されていた
駅近くの元旅館には、レトロな雰囲気のたばこの販売ケースが置かれていた=いずれも広島県庄原市
運行最終日にJR広島駅からの出発を待つ急行「みよし」=07年6月30日
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さびで赤茶けた高さ7〜8メートルのアーチ形の鉄柱には、カズラがしっかりとからみついていた。直径20メートルほどの円形の土台上に、緑色にこけむした枕木が横たわる。蒸気機関車を方向転換させた転車台だ。1980年代前半まで使われていた。
中国山地の山あいにあるJR芸備線の備後(びんご)落合駅(広島県庄原市西城町)が開業したのは1935(昭和10)年12月。2年後に全線開通した木次(きすき)線と芸備線はこの駅で接続。山陽と山陰を結ぶ拠点となった。高度成長期、駅には100人を超す職員がいた。だが過疎化と、道路網の発達により利用客が減り、97年に無人駅となった。
今、列車は1両編成だ。ここ5年の1日平均乗客数は20人台。平日の昼間は、乗客が一人もいないということも珍しくない。
「間違いなく日本一の秘境ターミナル駅」。そう断言するのは、「秘境駅へ行こう!」(小学館文庫)などの著書で知られる会社員牛山隆信さん(42)=広島県三次(みよし)市=だ。小学5年生で初めてこの駅を訪れた時の、わくわくするようなにぎわいを覚えている。駅前には2軒の旅館をはじめ食堂、床屋、酒屋などが軒を並べていた。
「ここに来れば少年の心を取り戻せる。鉄道全盛期を思い起こさせる遺構が数多く残り、それを手がかりに駅の歴史に思いをはせることもできる。ローカル鉄道ファンの聖地といえる」
■青葉茂れる 秘境の引力
備後(びんご)落合駅前で旅館を営んでいた大原チヨコさん(71)は60、70年代、てんてこ舞いだった。部屋は七つしかないのに40人近くが泊まるから、みんな雑魚寝。夕食、朝食の準備に近所の人を雇った。「忙しかったが、楽しかった。駅を中心に元気があふれていた」
旧国鉄の保線区員として30年近く同駅で働き、近くに住む大原忠義さん(83)は、にぎわった時代の記憶が今も鮮明だ。約3400平方メートルの構内には、今はほとんど使われない3本を含め6本の線路が走っていた。「今の駅はあまり見とうないんよ。がっかりして、さびしい気持ちになるから」
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コンクリート土台を残すだけの機関庫跡、蒸気機関車に石炭を積んだ給炭台や壊れかけた貯炭場、取り壊され更地になった鉄道官舎跡――。時が止まったような無人駅の待合室に、乗降客が待ち時間に感想をつづる「駅ノート」が置かれている。
「何も、ない、ない。でも、すてきなところ」
「昔にぎわった駅が、ぽつんとさみしく残っている。その存在感にジーンときます」
ひなびた雰囲気がローカル鉄道ファンには魅力に映るようだ。
この時期の駅は山の新緑が目に染み、薄紫のフジが彩りを添える。15年前からノートを管理する小野和彦さん(30)は「自然と一体化している駅に身を置いていると、次第に癒やされてくる」と、人気の秘密を説明する。
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めんの上に卵やこんにゃくをのせた「おでんうどん」。07年11月、地元のNPO法人「さとやま交流館」が駅で開いたイベントで提供すると、240食が40分で売り切れた。「もう一度食べたい」と京都から来た老夫婦もいた。
90年まであった駅の売店の名物うどんだった。関西風の薄いだしと、関東炊きといわれる関西の濃い味のおでんが絶妙にマッチした。いつ、だれが考案したのかは定かでない。「店のおばちゃんが客から頼まれ、おでんを二つ、三つのせるようになったのが始まり」と言う人もいる。
駅から西へ約1キロのドライブインの主人兼本豊さん(83)は「駅での最後の6年は、うちの農産物加工場で作っただしと具を使っていた」と明かす。冬になると「おでんうどん」と手書きしたメニューを店内に張り出す。「味は、昔の駅の味とまったく同じ。なつかしい人はぜひ食べに来て」
さとやま交流館は3年前から駅の清掃や植樹を続けている。今夏は、駅近くの川でヤマメのつかみ取りなども計画している。
柳生寿憲理事長(63)には大きな夢がある。「あのさびた転車台にペンキを塗り、修理して動くようにできないか。そしてSLをこの駅に持ってきて、みんなが楽しめる公園のような場所にしたい」
かつて栄え、そして、さびれてしまった駅。「秘境」になっても人々に愛され続けている。
(文・長尾大生 写真・新井義顕)
鉄ちゃんの聞きかじり〈「さらば急行」 ファン集結〉
備後落合駅は02年3月23日、急行の止まらない駅となった。
広島―米子を主に結んだ山陽と山陰の連絡列車「ちどり」。広島―新見間を中心に走った「たいしゃく」。備後落合に停車した二つの急行が、芸備線広島―三次間で運行されていた急行「みよし」に統合され、姿を消したのだ。
40年以上にわたり慣れ親しんだ急行がなくなることは、地元の人たちには「一つの時代が終わったさびしいニュース」だったという。
だが、この「みよし」も07年6月30日、乗降客の減少や車両の老朽化などを理由に廃止になった。「みよし」は、1961年に製造が始まった「キハ58系」の急行型ディーゼルカーを使った最後の急行。そのため、廃止前の数カ月、芸備線沿線や各駅には、列車の雄姿を写真に残そうとする鉄道ファンが全国から集まった。
探索コース
備後落合駅から、タクシーを利用すると、20分ほどで道後山や比婆山連峰への登り口に到着する。道後山山頂は360度のパノラマが広がり、天気がいいと伯耆(ほうき)富士と言われる大山も望める。この季節は新緑に加え、ツツジが色鮮やか。山開きは21日で、地元の比婆荒神神楽や太鼓の演奏がある。問い合わせは西城町観光協会(0824・82・2727)へ。