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ぷらっと沿線紀行

山と海 鉄師が結んだ JR木次線

2009年7月4日

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写真下久野駅の廃線跡につくられた「駅ナカ農園」を手入れをする長妻清さん。すぐ後ろに観光トロッコ列車が到着した=島根県雲南市写真「奥出雲たたらと刀剣館」では毎月第2日曜日と第4土曜日に、日本刀の鍛錬の実演を見ることができる=島根県奥出雲町写真約3.2メートルのしめ縄が飾られた出雲横田駅=島根県奥出雲町写真「奥出雲たたらと刀剣館」には八岐大蛇のモニュメントがある=島根県奥出雲町写真スイッチバック区間を走る「奥出雲おろち号」=島根県奥出雲町地図   フォトギャラリー

 ふいごで風が40本の管から炉に送り込まれると、炎が高く舞い上がった。三日三晩、30分ごとに砂鉄10トンと木炭12トンを交互に入れると、灰にまぎれた約3トンの鉄の塊が姿を見せる。良質な部分が、日本刀の原料となる「玉鋼(たまはがね)」だ。

 松江市と広島県北東部を結んで中国山地を走るJR木次(きすき)線の沿線は、アニメ映画「もののけ姫」にも登場した日本古来の製鉄法「たたら吹き」と神話の里だ。出雲横田駅(島根県奥出雲町)から北東約4キロにある日本美術刀剣保存協会(東京都)の施設「日刀保(にっとうほ)たたら」はその技を今に伝える。

 江戸中期、松江藩は出雲の地での製鉄を9人の鉄師(てっし)に許した。明治初期には、島根産の鉄が国内生産の半分を占めるまでになったが、低コストの洋式製鉄の導入で、たたら吹きは衰退した。そんななか、9鉄師の一人、絲原(いとはら)家の13代目、武太郎(ぶたろう)(1879〜1966)は1914(大正3)年、木次線の前身となる私鉄「簸上(ひかみ)鉄道」を設立。2年後、日本海側の宍道(しんじ)駅(松江市)から木次駅(島根県雲南市)までを開通させた。「製鉄から木炭生産に重点を移し、木炭の輸送路を確保しようと思ったのでしょう」。孫の安博さん(58)はそう説明する。

 木炭は貨物列車で、東京や大阪へ運ばれた。だが戦後の高度成長期、木炭生産も石油やガスの普及で衰退していった。過疎化が進む沿線の住民の奮闘が始まった。

■元気だぞ 神様もいるぞ

 絲原家は明治前半、約5千ヘクタールの山林を所有し、約1400人の従業員の生活を支えていた。大正期の製鉄から木炭生産への転換は、山林の活用と従業員の新たな仕事の創出という狙いがあった。

 絲原家で木炭生産を取り仕切っていた若月一夫さん(83)は「木炭を運ぶトラックやら馬車が、炭窯から毎日のように来てましたなあ」と振り返る。しかし、木炭に頼った時代も去り、JR木次線の沿線には高齢化率が5割を超える「限界集落」も珍しくない。

     ◇

 素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治すると、尾から皇位のしるしとされる「三種の神器」のひとつ、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)が現れた――。木次線の沿線はそんな神話の舞台でもある。

 同線の利用者は、JRが発足した87年度、年間約65万人だったが、08年度は約35万人まで減った。そんな赤字ローカル線のPRと観光客誘致に神話を活用しようと、JR西日本米子支社は07年4月、全18駅中10駅に神話にちなんだ愛称をつけた。

 出雲横田駅(島根県奥出雲町)の約1.5キロ南東には、素戔嗚尊の妻「奇稲田姫(くしいなだひめ)」をまつった稲田神社がある。神社を模した駅舎の入り口には長さ約3.2メートルのしめ縄がかかる。よって愛称は奇稲田姫。木次駅(同県雲南市)の愛称は、近くを流れる斐伊川(ひいかわ)にすんでいたとされる八岐大蛇だ。大国主命(おおくにぬしのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、高天原(たかまがはら)……。各駅のホームには、愛称にちなんだ水彩画のイラストが描かれたパネルを置き、神話の説明文をつけた。

 イラストの作者は当時、デザイン専門学校生だった木上(きがみ)友紀子さん(22)=鳥取県米子市。「いろんな神さまを持つ沿線の人がうらやましかった」と話す。

     ◇

 下久野(しもくの)駅(雲南市)では、線路が撤去された跡に約60平方メートルの畑が広がる。ミニトマト、ナス、ピーマン、スイカ……。木造の駅舎には「駅ナカ農園」の看板が掲げられていた。

 かつてホームの両脇に線路があったが、今は片側1本のみ。同駅の1日の利用者は10人に満たない。農園づくりは、乗車券の販売をJRから委託された地元住民グループ「花ももステーション」(16人)の発案だ。4月に土地を耕し、種をまいた。

 「育てた野菜を、駅に降り立った都会の子どもたちに食べてもらいたい」。グループの代表で、元国鉄マンの長妻清さん(63)はそんな夢を描く。木次線には春から秋にかけて、休日に観光トロッコ列車「奥出雲おろち号」が走る。下久野駅で降りた家族連れに、折り返しの普通列車が来るまでの時間を利用して収穫体験をしてもらえれば、地元の活性化にもつながる――そんな構想だ。

 長妻さんは言う。「都会に出て働く地元のもんもおるわけですよ。さびれたふるさとは見せたくない。僕らの活動は、元気にやってるぞ、っていうメッセージでもあるんです」

(文・高橋 健次郎 写真・山本 裕之)

鉄ちゃんの聞きかじり〈ジグザグに山地越え〉

 島根県奥出雲町の出雲坂根―三井野原駅間は、JR西日本で唯一、アルファベットの「Z」のような形で列車が前進と後進を繰り返しながら進む「3段式スイッチバック」区間。出雲坂根駅に列車が到着すると、運転士は後方の運転席に移動し、約600メートル折り返したあと、再び前進する。

 スイッチバック区間は木次線が全通した1937(昭和12)年12月に開通した。蒸気機関車が貨車や客車を引っ張るには勾配(こうばい)がきつかったため、ジグザグ走行によって険しい中国山地を越えた。三井野原駅の標高は約727メートルで、出雲坂根駅との標高差は約160メートルある。

 木次線と並行して走る国道314号は、とぐろを巻く八岐大蛇(やまたのおろち)をイメージした延長約2.3キロの「奥出雲おろちループ」が自慢。92年4月に開通した二重ループ方式の道路で、両駅間の急傾斜に挑む。

探索コース

 たたら製鉄の伝統技術を継承する「日刀保(にっとうほ)たたら」は出雲横田駅から車で約10分。一般の見学は原則受け付けていない。その操業の様子を紹介し、玉鋼(たまはがね)を展示する「奥出雲たたらと刀剣館」は同駅から徒歩約15分。長さ19メートルのステンレス鋼の八岐大蛇(やまたのおろち)が来場者を迎える。奇稲田姫(くしいなだひめ)の産湯に使ったとされる池の近くに昭和初期、稲田神社の社殿が建立された。

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