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ぷらっと沿線紀行

輝く列車迎えた日 JR桜井線 畝傍駅

2009年12月19日

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写真畝傍駅のホームから貴賓室に向かう階段(手前)。改札から少し離れた場所にある写真畝傍駅の構内にある貴賓室。今は使われることがなくなり、年に一度だけ公開されている=いずれも奈良県橿原市写真畝傍駅近くにある橿原神宮地図   フォトギャラリー

 1928(昭和3)年11月23日午前11時半。蒸気機関車に連結された特別運行の「お召し列車」が、奈良県橿原市の畝傍(うねび)駅に到着した。神武天皇陵の参拝のため昭和天皇が乗車していた。

 当時、お召し列車を上から眺めることは禁じられていた。沿線の2階以上の窓は閉められ、洗濯物もしまわれた。駅前の一軒一軒に警官が並んだ。

 畝傍駅の真向かいにある1890(明治23)年創業の森田酒店店主・森田悦子さん(86)は当時5歳だった。列車の到着1時間前から父母や兄2人と土間に正座した。家族無言でずっと下を向いていた。ちらっと駅の方に目を向けた。光沢を放った小豆色の車体が見えた。幼心に「何て立派な列車なんやろう」と思った。

 お召し列車は、明治の巨匠の絵画や螺鈿(らでん)、七宝などで内装が施されており、「動く芸術品」とも評される。警備上の理由から詳細は明らかにされてこなかった。

 平成に入ると、天皇、皇后両陛下の移動は飛行機や新幹線が主となり、お召し列車の利用の機会は少なくなった。

 鉄道ジャーナリストの梅原淳(じゅん)さん(44)によると、新幹線に乗る時もグリーン車1両程度を貸し切り、他の車両は一般の乗客が利用することが多いという。「特別扱いを受けたくないという陛下のご希望があるようです」。梅原さんはそう話す。

■扉の奥 ひっそりと昭和

 JR桜井線の畝傍駅は、初代天皇とされる神武天皇をまつった橿原神宮から約2キロの距離にある。神社のような木造駅舎は、1日の乗車数が約400人の無人駅とは思えない重厚さが漂う。

 駅には皇族用の貴賓室がある。1940(昭和15)年に造られ、橿原神宮の参拝に訪れた昭和天皇、ご成婚間もない天皇・皇后両陛下が休憩に利用した。

 現在は閉鎖されているが、JRの許可を得て中に入った。

 貴賓室には専用の廊下を挟んで主室と控えの間がある。総ヒノキ造りで、廊下を含めた広さは約100平方メートル。約30平方メートルの主室は曲線を生かした折上格天井(おりあげごうてんじょう)という造り。大きな窓があり、床には深紅のじゅうたんが敷かれている。トイレは当時珍しい水洗式で、便座は木製だ。

   ◇

 明治天皇をまつる明治神宮にほど近いJR山手線・原宿駅。代々木駅寄りのホームの端に立つと、数百メートル先に黄緑色の屋根の小さな駅が見える。通称・原宿宮廷駅。26(大正15)年に作られたお召し列車専用の駅だ。

 62(昭和37)年4月20日。福井県で開かれる植樹祭へ向かう昭和天皇と皇后が乗車したお召し列車が宮廷駅を出発した。

 旧国鉄の東京車掌区に所属していた多胡實さん(78)は5両編成の最後尾に乗り込んだ。任命されたのは2週間前。「車掌冥利(みょうり)に尽きるけど、えらいことになった」。お召し列車には発着駅と通過駅で大勢の見送りがある。誤差ゼロ秒の運行は至上命題だ。

 最初の仕事は「御召列車運転及び警護規程」を読み込むことだった。「お召し列車と並走してはいけない」「行き違う列車は速度を時速25キロ以下にする」など。計4章60条に上る様々なルールを頭にたたき込んだ。

 運行当日。車掌の一番の仕事は、天皇が乗る客車の安全を見守ること。自分が担当する駅までの2時間は窓から首を出しっぱなし。車体に取り付けられた金色の菊の御紋を見つめていた。

 駅を通過するたび、立ち上がって群衆に手を振る昭和天皇の姿が見えた。「寝るどころじゃない。天皇陛下は大変だなあ」

 47年後の今、一つ後悔していることがある。「あの時はそんな余裕なかったけど、お召し列車の前で記念写真を撮ってもらえばよかったなあって。一世一代の晴れ舞台だったからね」

   ◇

 今年10月25日。畝傍駅周辺に住む人たちでつくる「大和八木まち創(づく)り会」主催による貴賓室の一般公開があった。街おこしの一環として、4年前から始まった年1回の恒例行事だ。鉄道ファンら多くの人が訪れる。お年寄りの中には「恐れ多い」と、貴賓室に入るのをためらう人もいるという。

 同会の松塚彦一会長(49)は「昔の面影がそのまま残った素晴らしい駅。みんなで残していきたい」と語る。

(文・坂本泰紀 写真・森井英二郎)

鉄ちゃんの聞きかじり〈謎めく「鏡」輸送車〉

 歴代お召し列車の中で最も謎めいた存在が「賢所乗御車(かしこどころじょうぎょしゃ)」だ。皇位の象徴として歴代天皇に継承されてきた「三種の神器」の一つで、皇居の賢所にまつられている八咫鏡(やたのかがみ)の複製(本体は伊勢神宮)を運ぶため造られた輸送車だ。戦前、天皇の即位礼には鏡を京都御所に運んでおり、大正天皇と昭和天皇の即位礼の際、皇居〜御所の往復計4回に使われた。

 「お召列車百年(星山一男著)」によると、列車内の鏡を置く部屋の設計にあたって、鉄道院は宮内省に頼み込んで鏡の寸法を測った。しかし、重さを量ることはできず、「御羽車を16人の若者が汗をかきながらかついだ」という記録をもとに重さを推定したという。

 現在はJR東日本東京総合車両センター(東京都品川区)の倉庫に保管されている。

探索コース

 畝傍駅周辺の八木町は、江戸時代に宿場町として栄え、松尾芭蕉や吉田松陰も訪れた。当時の建物が今も江戸の風情を伝える。駅から足を延ばすと畝傍山(標高198メートル)。大和三山のひとつで、古事記や日本書紀によると、初代天皇とされる神武天皇がふもとに宮を造営したという。現在、山の北東に神武天皇陵、南東に橿原神宮の森が広がる。

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