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ぷらっと沿線紀行

続かない番号が、ある 阪神・石屋川車庫

2010年1月9日

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写真早朝、石屋川車庫にずらりと並ぶ阪神電車の車両。運転士と車掌が乗り込んで点検した後、続々と出発していった=昨年12月29日午前6時40分、神戸市東灘区、西畑志朗撮影写真出発準備のため、車両に乗り込む乗務員=神戸市東灘区写真阪神大震災で大破した石屋川車庫=1995年1月18日、神戸市東灘区、本社ヘリから写真石屋川車庫の車体洗浄機=神戸市東灘区地図フォトギャラリー

 午前4時半。神戸市東灘区御影塚町4丁目の阪神電鉄石屋川車庫。ツートンカラーの17編成、計86両の車両がずらりと並ぶ。このうち同4時36分石屋川駅発の普通列車が最初に出庫した。

 計15本の線路に分かれて止まっていた電車に、運転士と車掌が狭い2段の足場から乗り込んでいく。車両は、寝起きに背伸びをして目をしばたくように、パンタグラフを伸び縮みさせ、ライトを明滅して次々と動き出した。

 「この列車は阪神大震災で被災しました」

 出庫のため徐行を始めた午前7時54分青木(おおぎ)駅発の区間特急梅田行きの電車を前に、西部列車所(西宮駅構内)助役の重森隆二さん(46)が教えてくれた。この日早朝は乗務員らの出勤状況を見届けるため石屋川車庫に来ていた。

 6両編成の先頭の車両番号は「8213」、後尾は「8218」。本来なら続き番号となるが、震災で生き残った車両を組み合わせたため、こうなったという。現在、阪神電鉄には3編成、飛び番号の列車が残っている。

 国内初の高架式車庫として1968年4月に完成した石屋川車庫は、15年前の阪神大震災で壊滅状態となった。車庫内にあった10編成、計58両の車両のうち、24両が廃車となった。整然と出庫していく電車を眺め、「当時の被害を思うと、夢のようです」と、重森さんは振り返った。

■前へ 手探りで進んだ

 とっさに右前方の手すりをつかんだ。1995年1月17日午前5時46分。阪神電鉄の運転士だった増野滋さん(56)は、御影駅から三宮方面へ発車する直前、停車中の運転席で激しく突き上げる揺れに遭った。同僚と5人で線路の上を歩き、約1キロ西の石屋川車庫に向かった。

 途中の路盤は崩れ、垂れ下がった線路を伝い地面に降りた。石屋川車庫は広さ1万4894平方メートル。243本の支柱はほとんどが折れ、車庫全体が下に落ちていた。石屋川車庫を含む御影―西灘間3.1キロの被害は特にひどく、阪神電鉄全線の再開は、大阪―神戸間の鉄道で最も遅い6月26日までかかった。

   ◇

 全線の再開時、一番列車を運転したのは増野さんだった。午前4時38分御影駅発元町行きの普通列車。160日ぶりに運転席から見た風景は一変し、ブレーキの目印にしていた幾つかのビルもなくなっていた。「前方の駅の明かりしか見えない暗闇を進んだ。出発して最初の石屋川駅までは正直、少し怖かった」と語る。

 車庫の南隣に船舶のような姿の洋館がある。「甲南漬」の高嶋酒類食品の社長宅として30(昭和5)年に完成した鉄筋コンクリート2階建てのハイカラ建築だ。震災直後のことを、同社常務の高嶋郁夫さん(64)は「洋館の真上をクレーンにつられた車両が通っていきました」と振り返る。

 阪神電鉄は路線の復旧を最優先するため、壊れた車庫を解体し、跡地を資材や重機の置き場とした。車両を大型クレーンでつり下ろし、真下の倉庫などを取り壊す作業が3月下旬まで続いた。

 高嶋酒類食品も本店やみりん蔵などが全壊。敷地内に持っていた元郵便局舎を仮店舗として初夏に営業を再開し、本店の再建までに約1年半を要した。

   ◇

 藤岡大さん(78)、末子さん(72)夫妻は車庫の高架下で茶葉やたばこを商っていた。店舗兼住宅は全壊。傾いた家を出て、新しい店舗が高架下に完成する95年2月〜97年9月の間、車庫の東約50メートルに建てられた2階建てのプレハブ店舗兼住宅で暮らした。96年3月20日に新車庫が供用されるまで、夫妻は復興していく姿を写真に収めた。そのアルバムは今も大切に店に置いてある。

 阪神大震災の死者は計6434人。うち車庫がある神戸市東灘区は1470人で、被災地の区市町で最多だった。地元自治会の役員だった大さんが知る限りでも、御影塚町で33人が死亡した。いまだ町内に更地が残り、向こう三軒の間柄だった14世帯の敷地はマンション2棟になり、近所に残ったのは5世帯だけという。

 大さんは「近所づきあいが減ったのが寂しい。でも、先を見越して配達に力を入れたので、ペットボトルに押されながらも商売はぼちぼちです」と笑った。

(文・永井 靖二 写真・西畑 志朗)

鉄っちゃんの聞きかじり〈予備の車体洗浄機〉

 再建された石屋川車庫は、以前あった検車庫上屋を廃止して車両検査機能を尼崎車庫に集約。一方で、13本だった線路を15本に増やした。面積は約13%減の1万2950平方メートルだが、収容能力は86両から94両に増えた。支柱は115本で、半分以下になった。上部の構造物が軽くなったのと、鉄筋コンクリートだった支柱の材質を内側にコンクリートを詰めた直径90センチの鋼管製とし、強度アップを図ったため。支柱の位置は、旧来の支柱の基礎がない場所を選んだ。設計に携わった同社運輸部部長の久保田晃司さん(49)は「まるでパズルでした」と話す。

 石屋川車庫には車体洗浄機もある。側面を洗う長さ約2メートルの大型ブラシが両側に各5個、上面用のブラシが計2個。水洗なら約5分間、洗剤使用なら約20分間で、6両編成の列車を洗える。ただし現在、洗車はもっぱら尼崎車庫でされ、石屋川車庫は予備用。同社の洗車は水洗が4〜5日に1回、洗剤使用が10日〜2週間に1回という。

探索コース

 甲南漬本店の洋館は、「こうべ甲南 武庫の郷」資料館として一般公開されている。昭和初期の海外の調度品などが、今もそのまま置かれている。10時〜17時、入館無料。周辺は「灘五郷」として知られる酒造地帯。近くには清酒「福寿」醸造元の「酒心館」、瀧鯉蔵元倶楽部「酒匠館」、白鶴酒造資料館、菊正宗酒造記念館などの施設が点在する。

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