現在位置:
  1. asahi.com
  2. 関西
  3. 関西の交通・旅
  4. ぷらっと沿線紀行
  5. 記事

ぷらっと沿線紀行

君の背中に お疲れさん 天神橋筋六丁目駅

2010年1月23日

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

写真北側にプラットホームの跡が残る天六阪急ビル。赤茶色のれんがが街明かりに浮かび上がった=大阪市北区、小玉重隆撮影写真天六阪急ビルから移転した居酒屋。客が絶え間なく出入りしていた=大阪市北区写真天神橋筋六丁目駅を出発すると、列車はまもなく地上に出る=大阪市北区写真大勢の人でにぎわう天六商店街=大阪市北区写真1955(昭和30)年ごろの駅ビル=阪急電鉄提供地図   フォトギャラリー

 大阪市北区天神橋6丁目、略して「天六」――。その玄関口となる天神橋筋六丁目駅前の交差点で、80年以上立ち続けてきたビルがある。れんが張りの7階建て。天六阪急ビルだ。

 居酒屋、うどん屋、喫茶店、銀行などが入っていたが、老朽化のため今年、取り壊されることになった。跡地には高層マンションが建つ計画だ。15日、1階のスーパーが最後に移転した。

 シモジ理容室はビル開業時から営業。父から店を継ぎ、兄と切り盛りしてきた下司(しもじ)和夫さん(60)は「ものすごい愛着あるビル。でも、だいぶ傷(いた)んでた。よう立ってたなあ」。近くで酒屋を営む豊澤泰彦さん(63)は幼い頃、ビルの街頭テレビで、大相撲の栃錦と初代若乃花の取組を見て帰宅が遅れ、父親にぶん殴られた。

 かつてビルの中に駅があった。プラットホームを2階に抱える内蔵型では国内初。1926年、京都方面に向かう新京阪鉄道(現在の阪急千里線)のターミナルビルとして完成した。高さ29.4メートル。当時は「超高層」。今もビル北側にあるむき出しのコンクリートは、ホームの名残だ。69年、千里線は大阪市営地下鉄堺筋線と乗り入れし、駅は地下に移った。

 この街に魅せられた人たちが映画の撮影を進めている。冒頭のシーンでは、ヒロインが天六阪急ビル前から交差点を渡る。題名は「テンロクの恋人」……。

■ほっとするんや テンロク

 自主制作映画「テンロクの恋人」の撮影は一昨年春に始まった。1話約20分の4話構成。天六生まれの主人公・典子(のりこ)(愛称テンコ)らが織りなす痛快活劇で、親子愛や恋愛、アクションあり。俳優や住民ら100人以上が出演し、これまでに3話が完成した。

 ロケ中、こんなことがあった。天六阪急ビル北側の路地。テンコが思いを寄せる青年が、路上で倒れ血を流すシーン。近所のおばさんが駆け寄ってきた。

 「あの子、血、出てるやんか!」。スタッフが説明すると「撮影でも、血、出てるで!」。

 とにかく「乗り」がいい。寄席の観客のエキストラを募ると、知り合いの知り合いまで集まり、あっという間に60人を超えた。テンコの父親役の落語家・桂三風(さんぷう)さん(48)は「それだけ人が気さく。近いんやね、関係が」。十数年前に引っ越して来てから、ずっと住み続けている。

 年齢も国籍も様々な人が暮らす。表通りと裏通りがあり、新旧の商店、民家が混在する。騒がしいけど、温かい……。

 監督は大阪府高槻市在住の渡辺シンさん(43)。「この雑多さは何やと思っていた。仕事で行き詰まっても、来るとほっとできる。恩返しではないけど、何かできへんかなと」。賛同者が「テンロク・ムービー・プロジェクト」を発足させ、カンパを呼びかけるなどして動き出した。

      ◇

 天神橋筋、都島通と幹線道路が交差し、南北に約3キロ続く日本一長い商店街「天神橋筋商店街」の一角にある。週末には約4万人の人出でにぎわう。そんな天六にも厳しい時があった。

 1969年に駅が地下に移ると人通りは約4割減った。翌70年。地下鉄工事でガス爆発が起きた。小学生を含む79人が亡くなり、26戸が全半焼、300戸以上が損壊する大惨事となった。

 天六商店街振興組合理事長の吉村孝司さん(63)は「ボーンという大きな音がして飛行機でも落ちたかと思った」。窓から大きな火柱が見えた。混乱で店は1週間以上、開けることができなかった。

      ◇

 事故現場から約100メートル西にある天六阪急ビルは爆風に耐えた。大正末期にできたビルは太平洋戦争の空襲もくぐり抜け、変わりゆく街を見守り続けてきた。

 渡辺さんは、そんなビルの屋上から見える街並みを背景に撮りたかったシーンがある。テンコに東京出身の青年がつぶやく。

 「新しいものと、古いのと。おかしな街だなあ、ここは」

 すでにビルの取り壊しが決まっていて屋上からの撮影はかなわなかったが、せりふには渡辺さんの天六への思いがこもる。

 「テンロクの恋人」は昨年、大阪で催された自主制作映画の上映祭「シネ・ドライヴ2009」で観客賞を受賞した。完結編の第4話は今春にクランクインする。

(文・木村 俊介 写真・小玉 重隆)

鉄ちゃんの聞きかじり〈延伸想定したアーチ形の窓〉

 ビルには、線路と逆の南側の2階部分に大きなアーチ形の窓が設けられていた。これは今後、路線をさらに南に延ばした場合、ビルを貫く形で電車が通り抜けられるように造られたという。南への延伸は、市営地下鉄堺筋線との相互乗り入れによって実現したが、ビル内のアーチ形の窓をくぐる計画は日の目を見なかった。

 堺筋に電車を走らせる計画は、昭和30年代から大阪市と京阪神急行電鉄(現阪急電鉄)、南海電鉄が名乗りを上げていた。阪急電鉄の「75年史」によると、一時期はこの3者を直結することも検討された。だが、線路の幅などの条件から、阪急電鉄と大阪市営地下鉄との乗り入れに落ち着いた。

 接続工事は60億円かけて1968(昭和43)年1月から実施。翌年12月6日に営業が始まった。関西では初めての公営、民営鉄道の相互直通運転だったという。

探索コース

 天六散策に疲れたら、天神橋筋六丁目駅の上にある「大阪くらしの今昔館」へ。江戸時代の商家や裏長屋などを実物大に復元した「大坂の町」や、明治・大正・昭和の住まいや暮らしぶりを表現した模型が並ぶ。落語家・桂米朝師匠の語りによる解説が流れている。一般600円、高校・大学生300円。中学生以下、大阪市在住の65歳以上は無料。

PR情報
検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内