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登録番号158 桑名のハマグリ

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写真桑名産のハマグリ写真脱サラしてハマグリ漁師になった加藤正司さん(左)。高齢化が進むハマグリ漁師の中で最も若手だ=三重県桑名市で

 春は新しい生命が萌(も)え、かつ再生する。人もまた躍動する季節である。旧暦のひな祭り(今年は4月8日)の前は、大潮で潮は沖遠くまで引く。伊勢や紀州・加太、摂津の堺、住吉などの遠浅の浜で行われた潮干狩りで、大物の獲物だったのがハマグリだ。

 縄文のころ、潮干狩りは女性や子どもの仕事で、採れたハマグリは土器でゆでた。身は乾燥させ、ゆで汁は煮詰めたうえで、山里との交易品にした。煮汁は「煎汁(いろり)」と呼ばれる調味料の一種。当時、干物と共に塩の供給源の一つだったと私は考えている。

   ◇

 平安時代になると、大ぶりのハマグリの貝殻が京都に集まるようになった。貴族たちのみやびな遊びである「貝合わせ」に使うためだ。金箔(きんぱく)を塗った貝殻の内側に極彩色の絵と和歌を書き、その出来栄えを競う。後にこの遊びは「貝おおい」に変容する。二枚貝を切り離し、元の組み合わせを探すのを楽しむものだ。

 料理の記録として最初に出てくるのは、日本書紀である。景行天皇が房総半島に行幸したときに、磐鹿六雁(いわかむつかり)という料理の心得のある土地の男が膾(なます)にして差し上げた。その礼として天皇から膳氏(かしわでうじ)の姓を贈られた。皇室公認の第1号の料理人とされている。

 酢みそで食べる膾もよろしいが、ハマグリそのものの味を楽しむなら潮(うしお)汁に限る。仕上げに酒をぽとぽととたらすとより一層うまみを増幅させる。だが、「これで決まり」と叫びたいのは焼きハマグリだ。ちょうつがいを切って、上になる方の貝殻を少し湿らせ、塩をつけて炭火で焼く。塩が乾いたら一丁上がりだ。

   ◇

 江戸末期のベストセラー「東海道中膝栗毛」によると、伊勢の桑名のあたりでは、チンチロリン(松笠)を燃やしてハマグリを焼くという記述がある。弥次さん、喜多さんも舌鼓を打っている。山椒(さんしょう)の辛皮と煮る時雨煮も有名で、茶漬けで食べるといける。

 「その手は桑名の焼きハマグリ」という言葉が生まれるほど親しまれた桑名のハマグリだが、近年めっきり減っている。過去の乱獲や乱開発などが原因で水揚げは減少。京都や大阪の有名料亭でも、桑名産を使っているところは珍しくなっている。

 太古は宝貝がお金の代用をした。お金はしっかりとためると財をなすが、使いすぎると貧するのは世の道理。桑名のハマグリの状況をみていると、貝から貨幣に置き換わっても、教訓は同じだと実感する。

(文・奥村彪生<伝承料理研究家> 写真・中田英博)


○保護の努力、密漁が影

 桑名は、木曽川、長良川、揖斐川が集まる広大なデルタ地域にある。日本一の流量を誇る3本の川がもたらす豊富な栄養を受けたハマグリは肉厚で、味も濃厚と言われる。

 奥村さんによると、江戸時代から婚礼料理は、関西がハマグリ、関東はサザエと分かれる。桑名産のハマグリは鈴鹿山脈を越えて、はるばる京都まで運ばれ、祝い膳(ぜん)を彩っていたらしい。

 だが、今の食卓を支えるのは、中国などからの輸入品で年間約1.5万トン。日本固有種の漁獲高は数百トンにとどまる。桑名は日本を代表する産地といっても近年100トンを超えたことはない。10年ほど前には0.8トンまで落ち込んだこともある。生息域の干潟が激減しているためだ。

 絶滅を防いでいるのは、地元の赤須賀漁協の地道な取り組みだ。稚貝放流を始め、漁獲漁や出漁日の制限を続けている。同漁協の諸戸敦さんは「ようやく漁獲量に効果が出始めた」と今後に期待する。

 だが、不安もある。密漁だ。「トン単位で採られる日もあり、いくら保護をしても焼け石に水」(同漁協)という。取材日は酷寒の平日にもかかわらず、20人ほどが出漁時間外に海に入り、専用の用具で貝を掘り出していた。

 「このままでは祖先から受け継いだ資源がなくなってしまう。我々が稼ぎたいから採るなと言っているんじゃないんです」。見回りを続ける同漁協の加藤正司さんの言葉は切実だった。

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