緑に囲まれて立つ住吉大社の御文庫=大阪市住吉区
ギリシャ神殿を思わせる大阪府立中之島図書館=大阪市北区
弥次さん喜多さんの「東海道中膝栗毛」は、その書名ゆえに、江戸を振り出し京都で上がりと思いがちだが、あにはからんや、ふたりは淀川を下り、大坂へと足を延ばす。むろん物見遊山の旅である。高津社や四天王寺など大坂の名所をめぐって、たどり着いた先が住吉大社であった。
海上守護の住吉三神および神功皇后をまつる四つの本殿のほかに、摂社、末社など三十余もの建物が連なる境内で、ふたりは参拝をほどほどに切り上げ、三文字屋という料理屋へ繰り込んでしまう。社前にも、境内の社殿に負けないぐらい、料理屋が軒を連ねていたからだ。
さて、この四つの本殿は今なお健在である。海に向かって第一本宮から第三本宮が縦一列に並び、第四本宮のみが第三本宮の横に並ぶという珍しい配列は、船団のようだともいわれる。そのすべてが国宝に指定されている。ということは「勝手に関西世界遺産」に登録の必要はない。
目指す先は、第一本宮の左脇にひっそりたたずむ御文庫(おぶんこ)と呼ばれる小さな蔵である。浅い奥行きとは不釣り合いに立派な玄関は、この蔵に納められるものがいかに大切に扱われたかを物語っている。
その中身とは本であった。享保8(1723)年というから今から285年前のこと、大坂・京都・江戸の本屋が呼びかけて、自分たちが出版した本を住吉大社に奉納し、併せて蔵も建てた。その後も折に触れて出版本が奉納され、現代に至った。蔵書はおよそ5万冊に上る。
それは、住吉神が和歌や俳諧など文芸の神としての信仰を集めたからで、学問の神菅原道真をまつる天満宮に対しても、同様に出版本の奉納が行われたが、天満宮御文庫は、惜しくも、大塩平八郎の事件で焼失してしまった。
意外なことに、国宝の本殿が建立されたのは文化7(1810)年というから、御文庫の方が100年近くも古いのである。この場合の国宝指定は、建物の古さではなく、建物のスタイルの古さに対してなされたからだ。
いわば無冠の御文庫は、なんだか不当な扱いを受けているように思われてならない。
時代が下って、明治37(1904)年に中之島に開館した大阪図書館(現大阪府立中之島図書館)は住友家が建物を府民に寄付した。すでに重要文化財に指定されている。神に捧(ささ)げられた御文庫と市民に捧げられた図書館とは似て非なるものかもしれないが、ともに私有物ではない、公共財産であるという点で一致している。両者ともに、大阪の文化の懐の深さを示しているのではないか。(文・木下直之〈東大教授〉 写真・小笠原圭彦)
○3重扉 蔵書守って300年
図書館の祖先・住吉大社の御文庫は、白壁に瓦屋根。建立から300年近くたつものの、修理を重ね、当時の面影をそのまま残す。高さ7メートルほどの2階屋は、現代の図書館と比べればごくごく小さなものだ。
中を見せてもらった。片手ではびくともしない重厚な石扉を手前に引き、続いて網扉、最後に木製の扉。それぞれに鍵がついた3重の扉は、収められた本の貴重さを示す。
薄暗い蔵の中をのぞくと……。あれれ? 中に本はほとんどない。
10年ほど前まで蔵書はここにあった。が、目録作りと保存のため、境内の文華館(ぶんかかん)に移された。
江戸時代、大坂近郊で出版された初版本のほとんどが、出版業の興隆を願い、御文庫に収められた。それだけでなく、火事で版木を失った版元が、再度出版するために、献本した初版本を借りにきたこともあったという。御文庫にはデータベース的な役割がそなわっていたのだ。
文華館は現在一般には公開されていないが、研究者たちは、資料価値の高い本を見せてもらいに今も大社を訪れる。300年間、こつこつと作られたアナログなデータベースは、デジタル全盛の現代にも、力を発揮している。(松尾由紀)
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