修復成ったチェコ・ペトロフ社製のピアノ。表面の傷はあえて化粧直ししなかったという
レトロな小学校の教室の雰囲気を再現した談話室のスペース=いずれも京都市中京区の京都芸術センター
日本では、多くのコンサートホールに、新しいグランドピアノがおいてある。たいていの場合、それらはいたんでくると、さらに新しいピアノへ、買いかえられる。年代物のピアノをつくろいつつ、ずっとつかいつづけるホールは、あまりない。
補修の手間をおっくうがることが、ひとつにはあげられよう。あと、ピアノ製作じたいの技術が、年々高くなっていることも、その一因にあげられようか。
ひろいホールに、ゆたかではりのある音を、ひびきわたらせる。強く、そして華麗な音を、とどろかせる。こと、その点に関するかぎり、新しいピアノの方が性能はよくなっている。ホールが、新品をよろこぶのも、わからないではない。
だが、そんな趨勢(すうせい)にしたがわないところも、いくつかある。たとえば、京都芸術センターも、そのひとつにあげられる。ここでは、90年ほど前にそなえつけたペトロフ社製のピアノを、今にいたるまでたもってきた。最近はそれで、演奏会もひらいている。
京都芸術センターは、旧明倫小学校の校舎を転用した施設である。閉校になった小学校の建物を、てなおしして成立した。ピアノも、もともと学校においてあったそれに、ほかならない。
場所は中京で、室町通に面している。地元の大旦那(おおだんな)たちが、1910年代にグランドピアノを寄贈した。しかも、当時はオーストリア皇帝から御用達とされていたペトロフ社の、それを。
まだ、ほとんどの小学校が、音楽を簡単なオルガンですませていた時代である。このあたりが、かつてどれほどゆたかであったかを、しのべよう。
ピアノは、ながらくおきざりにされてきた。だが、芸術センターの発足とともに、これもよみがえらせようという機運が、高まりだす。校舎をこわさず、再利用したのと同じように。
修復をうけおった山本宣夫氏も、昔の音を復元させることに、注意をはらってきた。かつての卒業生たちが、なつかしく感じられる。そんな音作りを、めざしてきた。弦も、現代的な強くひびくそれは、つかっていない。ドイツの専門業者から、やや軟らかいものをとりよせている。建築の保存と同じように、楽器の音も保存することがもくろまれたということか。
プロコフィエフやバルトークらの現代的な音には、あまりむいていない。しかし、モーツァルトらの典雅な調べは、これでもじゅうぶんあじわえる。ホールもこぢんまりしており、音がとどかないということはない。私も試弾をさせてもらったが、ピアニッシモの感触に、ちょっとうっとりしたしだいである。
(文・井上章一〈国際日本文化研究センター勤務〉 写真・伊ケ崎忍)
○音色復活 地域が後押し
学制発布に先がけて、京都市中に明倫小学校など計64校の「番組小学校」が誕生したのは明治2(1869)年のこと。豊かな町衆の自治組織が母体だった。大きな教具も町の人々の寄贈が多く、明倫小のペトロフ社製ピアノは創立50周年記念に贈られた。日本画家中村大三郎が大正時代に描いた、振り袖姿の女性がこのピアノを弾く姿を描いたびょうぶが、京都市美術館に所蔵されている。
同小は1993年に閉校になったが、2000年に校舎をそのまま利用して京都芸術センターとなった。アートの制作・発表拠点となったとき、古いピアノも再び注目される。地域の宝をよみがえらせようと、学区の人々、音楽愛好家らが04年に「明倫ペトロフの会」を結成。このピアノを使って同センター講堂で修復を呼びかける15回のコンサートを重ね、約250万円の募金を集めた。
11月まで半年がかりの修復は、チェンバロ、フォルテピアノなど古楽器修復の専門家・山本宣夫さん(堺市在住)が手がけた。中村画伯のびょうぶを参考に脚や譜面台を当初の姿に戻し、「昔の音」を求めて製作と同時代の木材で響板を直した。
派手ではないが、品良く温かな音色。昭和6年建築の校舎によく似合う。これからどんな演奏会が生まれるのか、楽しみだ。(佐藤千晴)
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