海老芋は煮くずれなく、棒ダラはふっくらと=京都市東山区のいもぼう平野家本家
丸々と太った海老芋を手にする乾勝秀さん=大阪府富田林市
うろ覚えやが、大阪の昔の童歌に「正月きたらなにうれし/割木みたいなとと食べて/雪より白いあも食べて/あとはこたつでねんねんョ」というのがあった。
今は太陽の動きで日を決めるグレゴリオ暦を使うが、明治時代より前は旧暦といって月の満ち欠けで日を読み、年中行事もそれに基づいた。正月は現在より1カ月前後遅かった。師走大みそかに鬼やらいをして正月様(年神)を迎えた。正月の祝いが終わると春近し。ゆえに年賀状に迎春とか陽春と書く。
童歌の「とと」とは棒ダラ、「あも」は餅。雑煮餅を祝うて重詰めの棒ダラの煮物を食べるのが馳走(ちそう)であった。
棒ダラは真ダラの干物。北海道で冬の寒風にさらして乾燥させる。無塩で乾燥させるのは先住民族のアイヌの技法である。海から遠い京都では室町の頃から食べており、当時の料理書によると春夏秋冬、季節を問わず食べている。軟らかく戻すために米のとぎ汁を用いている。
棒ダラに組み合わせる野菜は海老(えび)芋で、この組み合わせは300年近くの歴史がある。幕末の頃出版された上方のおばん菜(お番菜)の本には、海老芋の他に組み合わせるものは「大根と白大豆が定(さだめ)」とある。いずれも棒ダラを軟らかくする。
私の重詰めには大阪・富田林の海老芋を使うが、普通の里芋や頭(かしら)芋でもよい。皮をむいて、下ゆでせんと直接棒ダラと一緒に煮る。すると里芋のぬめりが棒ダラを軟らかくし、棒ダラのゼラチン質が里芋の煮くずれを防ぐ。お互いに持ちつ持たれつ、仲のええ夫婦みたい。大きな頭芋や海老芋は盛り付けのときに切る。
今は京都の錦通の塩干物屋に行けば、戻したものが年中売られている。大阪では戻しやすいように切ったものも売られている。水に漬け、冷蔵庫に入れておけば4、5日で戻る。途中少なくとも1回は水替えをする。
これを昆布とかつお節を効かせただし汁と酒でとろ火でのんびり煮る。味付けは砂糖としょうゆで、みりんを加えるなら最後。
棒ダラは腹身が味はよい。ゆっくり煮ているから骨も食べられる。しかもコラーゲンたっぷり。干物、乾物は太陽の恵みと味、栄養が凝縮されている。戻し汁も無駄なく利用して一物全体を味わうことが美容、健康のもととなる。
大阪の兄のおかず屋でも棒ダラを煮ていた。わざわざ煮くずれたのを買いに来る客がいた。これはまたしみじみとうまい。京大阪の手仕事は何においても手間ひまを惜しまない。これ牛歩の文化ですえ。
(文・奥村彪生〈伝承料理研究家〉 写真・中田英博)
○伝統支える農の技
京都市東山区の円山公園の中にある料理店「いもぼう平野家本家」を訪れた。江戸時代、初代の平野権太夫が九州産の唐(とう)の芋をもとに、海老芋を作り出したとされる。海老芋と棒ダラを一緒に炊いた「いもぼう」がこの店の看板商品だ。
調理場では直径47センチ、深さ25センチの大鍋から湯気が立っていた。大阪・富田林産の海老芋と北海道・稚内産の棒ダラをぎっしり詰め、カツオと昆布の一番だしで半日煮て一晩寝かせ、さらに煮る。調味料は砂糖としょうゆだけ。おかみの北村明美さん(60)は「もともと九州の芋と北海道のタラが京都で出あって一つの鍋で絶妙の味を生み出すので、夫婦(めおと)炊きと言います」。
食べてみると、海老芋は口の中でホクッととろけ、やさしい甘みが体に染みわたるよう。棒ダラは干物の筋っぽさがなく、あっさりしている。
富田林の農家、乾(いぬい)勝秀さん(59)を訪ねると、倉庫に海老芋が詰まった箱が山積みになっていた。京都のほか東京・築地に送られるという。
海老芋は親芋から生える子芋。上に土を多くかぶせる土寄せによって育つ方向を調整し、エビのように反り返らせる。「夏の水管理と土寄せが一番難しい」と乾さん。大きくて形の良い海老芋ができるまで20年かかったそうだ。「せっかく覚えた技を若い子に伝えたい」。連綿と受け継がれる農の技が、伝統料理を支えている。(吉川一樹)
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