生きているかのようなキバノロの剥製はオスのコチュ。キバは抜いている=京都市左京区の京都市動物園、伊藤恵里奈撮影
絵・グレゴリ青山
はまのゆかさん
これがオスのキバノロ=京都市動物園提供
キバノロって知ってる?
京都市動物園に来ていた家族連れ10組に聞きました。
結果は9組が「???」。
「知ってますよ」と、ようやく1人。滋賀県の堀井裕子さん(26)だ。「子どものころ何度も来たので見ています。シカ……ですよね。動物園マップをきょう見たら名前が消されていて死んじゃったんだなあって」
そのとおり。キバのある、湿地帯にすむノロ(小型のシカ)。角の代わりに発達したキバはオスにあり、メスを争うときの武器になる。中国から朝鮮半島にかけてすむ、怖がりな動物だ。朝鮮大学校(東京)の生物教師、朴俊泳さん(48)によると「バンビのようにかわいくて、むこうでは親しまれています」。
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かつては東京の多摩動物公園が9頭(1968〜87年)、名古屋市東山動植物園は22頭(79〜91年)を飼育した。でも最近いたのは京都市動物園だけ。「ヘリコプターの音とか子どもの声とか、ちょっとした音でパニックになって駆けだしてオリのフェンスに激突。骨折したり死んだりして飼育が難しかった。掃除に入っても目を合わせちゃダメだった」と獣医師で飼育担当もした坂本英房さん(49)。
オスとメスのキバノロがここに来たのは86年。意外にも北朝鮮からの親善の使者だった。
当時、動物交流をしようという話が持ち上がり、いまの副園長秋久成人さん(54)が手続きに走った。「国交のない国。わからないことだらけでした」。苦労のかいあって平壌の中央動物園とのやりとりが実った。向こうからはほかにオオカミやキジが来て、こちらからはカンガルーやラマを贈った。
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京都で最初に生まれたメスにはハナ(朝鮮語で1を指す)、2頭目はツル(同じく2に由来)と名づけた。親以上にビビリっ子。フェンスにぶつかり傷が絶えない。ならすため、3頭目のサクラから人工で育てた。「ミルクを飲ませたくてもうずくまっている。シカが甘えるときに出すミィ〜という高い声をまねると、立ち上がってきたんです。やったーって」と思い出す坂本さん。おびえないようにと飼育員たちは工夫を重ね、オリには隠れ場所になる草むらやトンネルをつくった。
計15頭がここに暮らした。去年2月、最後の1頭テンメンが13歳の長寿を全うした。
「歴史を刻んだうちの子を残そう」と剥製(はくせい)にした1頭がいま園内に飾られる。「お客さんを呼ぶ派手さはなかった。でも、何とかなじんでほしいと、みんなで心を尽くしました」と秋久さん。親善大使はひっそり生き、消えていった。(河合真美江)
■推薦
絵本作家 はまの ゆかさん
隠れるしぐさ いとおしい
キバノロ。かわった名前ですよね。
ドラキュラみたいなキバがニョキッとこわいのかな。動作がノロイのかな。と思ったら、こっちをちらりと見て草に逃げこむときの俊敏でかわいいこと。
京都精華大の学生のとき、デッサンの練習のため、マンガ専攻のクラスで京都市動物園に毎日のように通ったことがあります。ファンになったのがキバノロ。いつも草むらに隠れんぼしているの。描くのが大変。こっち向いて。ねえ、こっち向いて。念じるようにオリの前で画板をかまえていたら、飼育員さんがエサを手前に置き、おびき出してくれました。
1年の終わりの進級展。提出した着彩デッサンは「見返りキバノロ」。ちらっとこちらを見た瞬間を描きました。クラス35人中、キバノロを選んだのは私だけ。おどおど隠れる様子がいとおしかったのは幼いころの自分に似ていたからかも。
この動物園にいた最後の1頭が去年死んだそうですね。日本で飼っていたのは京都だけとか。隠れんぼ上手さんに、もう会えないのでしょうか。
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〈略歴〉 大阪出身。村上龍さん著「13歳のハローワーク」「あの金で何が買えたか」の挿絵など。