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ますます勝手に関西遺産

【イーゴス108】 巡る巡るよ 希望は巡る

2011年5月26日

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写真:現在も健在の大観覧車「イーゴス108」と前田茂元社長=大津市、中里友紀撮影拡大現在も健在の大観覧車「イーゴス108」と前田茂元社長=大津市、中里友紀撮影

地図:  拡大  

イラスト:絵・グレゴリ青山拡大絵・グレゴリ青山

 大観覧車「イーゴス108」(大津市今堅田3丁目)は、琵琶湖西岸に今も立つ。1992年に完成し、レジャー施設「びわ湖タワー」の顔だったが、施設自体が営業を終え、もう10年働いていない。

 名前の通り108メートルの凄い高さ。約10億円の建設費をかけ、完成時には観覧車として世界一の高さを誇った。定員6人のゴンドラが64基あり、1周約15分で回る。10回は乗ったという大森基司さん(48)=京都市左京区=は「何と言っても立地が絶妙。乗り口の左手には北湖、眼下には琵琶湖大橋、反対側には比叡山など、360度の景色がすばらしかった」と振り返る。「世界一」効果でオープン直後の大型連休には1日1万3500人が訪れるなど、3年目ぐらいまで盛況が続いた。

 観覧車研究家の福井優子さん(63)の著書「観覧車物語」によると、高さ100メートル級の観覧車は89年の福岡のアジア太平洋博覧会でお目見えした105メートルから、横浜(105メートル)や仙台(107メートル)に広がり、巨大化する。イーゴスもその流れに乗っていたが、97年にできた大阪・天保山(112・5メートル)にあっさり抜かれた。高さが売り文句にならなくなるとともに、イーゴスの乗客数にもかげりが見え始め、01年8月末で停止に追い込まれた。

 「日本でいらなくなった観覧車は、アジアの国々に移設されることが多い」と福井さん。びわ湖タワーの社長だった前田茂さん(87)の話では、実際、タイやインドネシアからイーゴスを譲ってほしいという打診もあったという。だが、「ここでしか見られない風景がある」と現地での再開にこだわる。

 前田さんは誰か引き受け手が現れることを望み、施設を人手に渡した今も、点検のためボランティアで約2カ月に1回、観覧車を動かしにやってくる。復活したときに困らないように、との気持ちからだ。近くに住み、見守り続けてきたので、「我が子以上にかわいい」存在という。

 作家の辺見庸さん(66)は著書「反逆する風景」で、観覧車について「いくら回転しても一ミリだって前進しない」と進歩や向上との対極ぶりを指摘している。いわば「無用の構造物」だが、「世界はいま、みずからが有用としてこしらえた無数の構造物に裏切られ、窒息し、押し潰されていやしないか」と。くしくも東日本大震災後の原発を連想してしまう。そう思うと、観覧車ほど平和な建造物はないのではないか。

 今、イーゴスの巨大な円形の骨組みには茶褐色のさびが目立つ。草が生い茂る真下には、遊園地の遊具らしき残骸も置かれ、哀愁漂う「夢の跡」だ。復活に向けた壁は高そうに見える。だが、再び動き出し、懸命に生きる人たちに安らぎを与える奇跡を見てみたい。(岩本哲生)

   ◇

■推薦

 前NHK大津放送局キャスター・浅岡理紗さん(26)

 イーゴス108が「僕の人生そのもの」と話す元社長の前田茂さんの言葉に胸を打たれました。初デートとか、家族全員で乗ったとか、みんなのそれぞれの思い出が詰まっていて、ただの遊具じゃないんですよ。現地に置かれた時計の針は営業開始の9時前で止まっていて、まるで再び動き出すのを待っているかのよう。滋賀県勤務の4年間で、かなり思い入れの強い取材になりました。

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