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ますます勝手に関西遺産

【校舎内の土足】神戸のハイカラ、足元から

2012年7月26日

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写真:教室も土足。よそから越して来た親も子も、最初はカルチャーショックを受ける=神戸市西区、滝沢美穂子撮影拡大教室も土足。よそから越して来た親も子も、最初はカルチャーショックを受ける=神戸市西区、滝沢美穂子撮影

イラスト:絵・グレゴリ青山拡大絵・グレゴリ青山

写真:靴ジャーナリスト 大谷知子さん拡大靴ジャーナリスト 大谷知子さん

 神戸の小中学生は、たいがい上履きを履かない。雨の日も風の日も、校舎を土足で闊歩(かっぽ)する。

 2002年の神戸市教委の調査によると、255校のうち96%、245校が土足履きだった。現況は未確認だが、「土足が圧倒的多数なのは間違いない」(市教委)。上履き大手のシューズメーカーの担当者は「こんなところは神戸ぐらい」とぼやく。

 アシックス、アディダス、ナイキ……。市立西神(せいしん)中学校の校舎内も市販の運動靴だ。靴の色は白、ひも付きと取り決めているが、あとは自由。土ぼこりが上がらないよう床板のワックスがけは欠かせない。「卒業生はほこりとワックスの混じったにおいで青春時代を思い出すのです」。樽本信浩教頭(52)は言う。

 同じ兵庫県でも姫路出身の森川豊文校長(59)は「神戸に赴任した当初は『靴のままで?』と戸惑いました」。結婚で大阪から引っ越し、息子2人を神戸の小中学校に通わせた片田幸代さん(46)も「授業参観では私たちも『上履き無用』。違和感がなかなか抜けませんでした」。

 古来、日本では家に入る際、履物を脱ぐのがならわしだった。民家が教室だった江戸時代の寺子屋も、童たちは草履やげたを脱ぎ裸足で上がった。その流れで「学校も長く土足厳禁でした」と、上履きの歴史に詳しいさいたま市立柏崎小学校の吉田智美教諭(26)は言う。戦前までは裸足か草履で校舎に入り、1960年代から上履きが普及したという。

 しかし神戸は違った。西洋文明に出会うや別の道をとった。

 幕末の開港からミナト神戸はハイカラな道をひた走り、それは学校にも及んだ。20(大正9)年、全国でいち早く洋風の鉄筋校舎を建てた。図面がなく設計は不明だが、32(昭和7)年建築の現役最古の市立春日野小学校には土足を脱いでげた箱に預ける昇降口がなく、こうした設計の校舎が一般的だったとみられる。

 40年近く市立中学の教諭を務めた山口芳弘・元神戸女子短大教授(70)は「神戸は開港当初から外国人におおらかだった。居留地に押し込めず一緒に餅つきをしたり、コーヒーを飲んだり交流した。西洋の土足スタイルにも抵抗感は薄かったのでは。ハイカラな神戸らしいしきたりです」と話す。

 ところが21世紀になって、建て替え後の新築校舎に上履きが現れだした。市教委は「新校舎はコンクリートの床にシートを敷く仕様。土足で踏むのは違和感がある」。建て替えは年1、2校のサイクルで続く。神戸ならではの学校の景色は、徐々にセピア色に染まりつつあるのだ。(久永隆一)

     ◇

メモ 大阪市や京都市、兵庫県川西市の一部にも土足の学校がある。「他人の家に土足で上がり込む」など、日本では土足はマイナスの響きがあるが、欧米では当たり前。あなたはどっち派?

■推薦

靴ジャーナリスト 大谷知子さん

履き替えがヘンかも

 会社で靴を脱ぎますか? 普通はしません。日本人は公共の空間では土足のままという習慣も根付いています。公的な施設である学校で上履きに履き替える方が、本当はヘンなのかもしれません。しかも上履きは履物として人間の足に優しくないところがある。底が薄く、衝撃吸収力は不十分。土足の神戸の子は、ほかの地域の子より足が丈夫に育つかも。きちんとした履き方をすれば、ですが。

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