知の貯蔵庫に男の残り香
階段を上りきると、カウンターの奥に「青春」が広がる
幅10.91メートル、縦3.64メートル。
圧倒的な大画面である。
筋骨たくましい男たちのエネルギーがみなぎり、その群像が今にも動き出しそうだ。
ここは、神戸市灘区の神戸大学六甲台キャンパスに立つ社会科学系図書館。大理石造りの階段を2階へ上がると、貸し出しカウンターの背後に、巨大な壁画「青春」がある。神戸大の前身・旧制神戸高等商業学校の卒業生である中山正実画伯(1898〜1979)が描いた油彩だ。旧神戸商業大図書館の新築に際して、32年に制作を委嘱され、35年に完成した。70年以上にわたって、後輩らを見守っている。
神戸生まれの画伯は洋画を独学し、神戸高商を卒業後、上京。東京高等商業学校(現在の一橋大学)に通いながら、洋画家の藤島武二に師事した。24年から渡欧。イタリア旅行で見た壁画に感銘を受けたのが、大壁画の制作を始めるきっかけとなった。神戸大講堂の壁画「光明」「富士」「雄図」も手がけた。
神戸大百年史編集室の野邑(のむら)理栄子講師(日本近代史)によれば、「青春」は雪の連山を背景にした、湖のほとりの森が舞台である。「大学の理想」がテーマで、時は春の朝。画面左から「休息」「学究」「平和」「希望」「謳歌(おうか)」「友情」「勤労」などを象徴している。たとえば、画面右側の川辺で友に水を渡す姿は、江戸時代の儒学者・広瀬淡窓の漢詩の一節「君は川流(せんりゅう)を汲(く)め、我は薪(たきぎ)を拾わん」にみられる友情を表現している。
それにしても、なぜ裸の男ばかりが登場しているのだろうか。
『刺青とヌードの美術史』(NHKブックス)を著した宮下規久朗・神戸大准教授(美術史)はこうみる。
「学究、希望などの抽象的な概念を人物の姿で象徴するものを擬人像といいます。西洋では擬人像の約8割が女性で、その多くがヌードですが、大学の図書館という場所柄から、女性のヌードを描くわけにはいかなかったのでしょう。旧神戸商大が男子校だったことも影響していると思います」
しかし、擬人像の世界は、日本ではなかなか根付かなかった。また、壁画は建物と運命をともにすることが多かった。画伯の壁画のいくつかも失われ、戦後は主に版画の制作に重心を移した。
壁画中央付近の下が書庫の入り口になっているのもユニーク。33年に完成し、蔵書約120万点を抱えるこの図書館は、2003年、国の登録有形文化財と認められた。重厚でモダンな雰囲気のただよう閲覧室を、切り絵作家の成田一徹さんが著書『神戸の残り香』(神戸新聞総合出版センター)でたたえている。
宮下准教授は「東大・安田講堂の小杉放菴(ほうあん)の壁画、九州大工学部の青山熊治の壁画と並んで、私は大学の3大壁画とみています」。
後輩らへの熱いメッセージを込めた画伯の大作は、今も確かな存在感を示している。
(文・大村治郎 写真・矢木隆晴)