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田辺聖子文学館への誘い
同館学芸員の住友元美さんから

 田辺聖子文学館に入ると、袴姿の女学生(モノクロパネル)が出迎えてくれます。そのなかに、ひとりの小柄な少女がいます。それが、1944(昭和19)年に大阪樟蔭女子大学の前身である樟蔭女子専門学校(国文科)に入学した16歳の田辺聖子です。

 大阪樟蔭女子大学が属する樟蔭学園は、1917(大正6)年に創設されました。田辺聖子は、1944年4月から1947(昭和22)年3月までの激動の時代をこの学園で過ごしました。「緑美しい学園で、かねて念願の国文学を学ぶことができた。世相はまだ騒然としていたが、学園には新時代への期待と、学問への情熱が熱く燃え、またとなき、輝かしき青春だった。」と田辺聖子は回想しています。大好きな古典を学び、のちの半世紀以上にもわたる執筆活動にさまざまな影響を与えてきたのが、この学園時代であったと言えましょう。そして、「現代社会の進歩に対応し得る高い知性と豊かな情操とを兼ね備えた、女性としての円満な人格を形成させること」―これは創設から一貫して掲げられてきた樟蔭学園の建学の精神ですが、まさに田辺聖子こそ、この建学の精神を見事に体現し、文学界で活躍してきた女性なのです。こうした田辺聖子の文学的偉業を称えるとともに、文学研究の推進と地域文化の向上に資するために、樟蔭学園創立90周年記念事業の一環として2007年6月に開設されたのが田辺聖子文学館です。

 「若い日の夢はあきらめずにじっと抱いていないといけない。」これは、田辺聖子の言葉ですが、本文学館のテーマは、まさに、この「夢」です。館内は、少女時代を<夢うまれる>、樟蔭学園時代を<夢ふくらむ>、文学修行時代を<夢ひらく>というテーマで時代毎に分け、その後の幅広い著作活動を<夢はばたく>、豊かな人生観を<夢はなやぐ>と表現して、少女時代から近年までの作品原稿やゆかりの品々を展示しております。このほか、自宅書斎や自宅地下にある「カモカ・バー」を再現したコーナー、さらに二百五十冊以上を数える田辺作品を壁一面に展示した「文学ウォール」=写真=、文庫本を座って読んでいただくことのできるコーナーなどがあり、じっくりと田辺文学に浸り、田辺聖子の人生観・世界観に触れていただけるようになっております。そして、「お聖さん・夢の世界」と題した展示コーナーには、田辺聖子の大好きな人形やガラスの靴、手作り箱、ドレスやバック、帽子などおよそ百点を飾り、別の壁面には万華鏡を映し出すなど、モノクロの原稿とは対照的な世界がひろがっています。

 また、この「夢」を抱くことのすばらしさを若い世代にも伝えていきたいという考えから、本文学館では、今年6月に「ジュニア文学賞」を設けました。全国の中学生・高校生から小説・エッセイ・読書体験記・短歌・俳句・川柳を募集しております。現在すでに1000件近くの応募がありますが、締切は10月27日(当日消印有効)ですので、夢みる文学少女・文学少年からの作品をお待ちいたしております(詳細はHPを参照して下さい)。

 なお、11月8日(土)〜22日(土)には、「田辺聖子と源氏物語」と題した特別展を開催いたします。今年は源氏物語千年紀ということで各地でさまざまな展示や催しが行われております。本文学館では、田辺聖子の源氏物語関連作品として「新源氏物語」の直筆原稿や初出掲載誌・初版本のほか、幅広い古典関連作品にまつわる資料を展示し、田辺源氏の世界を十二分に味わっていただける展示を企画しております。図書館では源氏関係貴重本の展示、記念館―1927(昭和2)年の建設以来変わらぬ姿を遺しています―では、本学学生が選んだ「源氏物語」名場面・名セリフ、書道部やイラスト部による源氏物語関連諸展示のほか、十二単姿の写真撮影、貝合わせの作成、投扇興の体験などを楽しんでいただけます。とくに11月9日(日)には「五節の舞」の実演や本学教員による講演会(「田辺源氏の魅力」、「英語になった源氏物語」)も行われる予定です。

 田辺聖子は、「わが母校の樟蔭女子大学に「田辺聖子文学館」を作って頂けるのは、私の人生の大きな栄光であり、この上なき喜びである。」と述べていますが、本文学館では、まさに、大学内にあるという特性を活かした館のあり方を模索しております。より多くの皆様のお越しをお待ちいたしております。

 【田辺聖子文学館】
 所在地:〒577-8550 東大阪市菱屋西4丁目2番26号
    大阪樟蔭女子大学 小阪キャンパス 図書館内
 開館時間:平日9:00〜17:00 土曜9:00〜16:00
 入場料:無 料
 お問い合せ:Tel.06-6723-8182 Fax.06-6723-8387
 URL. http://bungakukan.osaka-shoin.ac.jp  

外務大臣表彰を受けました
財団法人太平洋人材交流センター専務理事・事務局長の藤田賢次さんから

 財団法人太平洋人材交流センター(PREX:プレックス 大阪市、会長井上義國)は、7月15日外務省飯倉公館で、日本と諸外国との友好親善関係の増進に顕著な功績のあった個人や団体に贈られる国家表彰「平成20年度外務大臣表彰」を授与されましたのでご報告いたします。

 「関西財界セミナー2008特別賞」受賞(2008年2月)に続き、栄えある表彰を受けたことは、関係の皆様のご支援、ご協力の賜物です。

 今回表彰されたのは、個人54名、26団体で、うち国内での受賞者は、個人8名、9団体です。PREXは(1)平成2年に設立以来、開発途上国の人材育成支援と国際的な人的交流を促進することを目的に、関西圏の経験と産・官・学の人材を活かした主に経済分野の研修を多数実施していること(2)アジア及び中米の13カ国・地域で帰国研修生を対象とする同窓会を組織し、人的ネットワークの形成にも注力するなど国際技術協力の推進に貢献したことなどが評価されました。

 また、PREXラオス同窓会会長マニソット・ケオダラ氏(ラオス日本人材開発センター所長)が、日本とラオスの交流強化への貢献を認められ、個人の部で表彰されました。今後も関係各位の引き続きのご支援、ご協力をお願いいたします。

「居住福祉社会」の構築に向け、
11月にシンポジウムを開催

日本居住福祉学会長の早川和男さんから

 ニート、ネットカフェ難民、ワーキングプア、ホームレスなど、現在の日本人の生活難、生活不安の根底に「居住不安」があります。貧困や格差社会がクローズアップしていますが、住居に心配がなければ人は生きていけます。超高齢化社会を迎えているのに老人は「安居」を探しあぐね、都市再生の名のもとに強制退去させられています。子どもの犯罪被害や加害も、コミュニティの喪失による地域社会の荒廃と無縁ではありません。「居住」は人権と暮らしの土台であり、憲法25条の基礎です。

 世界に目を向けると、戦争、侵略、民族・宗教紛争等で家を破壊され地域を追われ、非人間的なキャンプ生活を強いられる難民が増えています。「安居」を可能にする持続可能社会は平和と地球環境の維持が前提です。憲法9条の一環でもあります。

 居住の保障や権利について研究活動を行っている、心理学、環境学、都市計画学、福祉・看護学、法学、生存学等々の領域で活躍する若手研究者の討論を通じて、「居住は生存の基盤であり福祉の基礎である」という「居住福祉社会」実現に向けた提言を行ってゆきたいと思います。いくつかの発表をもとに、参加者全員で討論します。現在、居住問題に関連して研究している人も、そうでない人も、ぜひご参加下さい。

 なおこれは、11月18〜20日の「第8回日中韓居住問題国際会議」のプレシンポジウムとして行われるものです。

 日時:2008年11月17日(月) 13:00〜16:00
 会場:立命館大学衣笠キャンパス 創思館1F
    カンファレンスルーム 〔参加無料〕
 プログラム(予定)
 挨拶:早川和男(日本居住福祉学会会長)
 報告者:蔵田力(福祉建築家) 他
 他に「ポスターセッション」があります。

 事務局:603-8577 京都市北区等持院北町56-1
      立命館大学人間科学研究所気付
 TEL:075-465-1987 FAX:075-465-1987
 E-mail:r_e_office2008@yahoo.co.jp
 担当:(水月・福田・日高)
 主催:日本居住福祉学会
 共催:立命館大学国際平和ミュージアム
    立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点
 後援:立命館大学人間科学研究所 

来年5月に連続講演会を開催
上方文化評論家の福井栄一さんから

 2009年で上方文化評論家デビュー10周年を迎えるのを機に、大阪市中央公会堂に於いて、5月に10回連続講演会を開くことに致しました。現在までに以下の概要が決まって居りますので、とりあえずお知らせ致します。いまからご予定に組み込んでおいて頂けましたら、幸いです。

1.催事名&開催趣旨:『上方文化評論家10周年記念〜福井栄一の「上方学」10話』
2.日時&演題:【1】2009年5月16日(土):〈1〉10:00〜11:00:「上方文化と私」〈2〉14:00〜15:00:「悲劇の英雄 源 義経」〈3〉15:20〜16:20:「奇想天外な仏教説話」〈4〉18:30〜19:30:「美少年しんとく丸と四天王寺」〈5〉19:50〜20:50:「文藝における蜘蛛」 【2】2009年5月17日(日):(1)10:00〜11:00:「薫りたつ橘」(2)14:00〜15:00:「小野小町は舞う」(3)15:20〜16:20:「陰陽師 安倍晴明の虚と実」(4)18:30〜19:30:「日本人の心に響く梵鐘」(5)19:50〜20:50:「上方の言霊」(なお、開場は、各回の開演時間の15分前から。)
3.会場:大阪市中央公会堂 大会議室(〒530−0005 大阪市北区中之島1−1−27、 電話06−6208−2002)(地下鉄御堂筋線、京阪電鉄「淀屋橋」駅下車・徒歩約3分)
4.講師:上方文化評論家 福井栄一
5.受講料:1回1500円(税込)・各回入替制・予約不要(入口にて当日精算)。
6.お問い合わせ:オフィス福井(〒562−0003 大阪府箕面市西小路2−11−11、 電話&ファックス072−723−3746)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~getsuei99 

 

 先日バリ島を旅行した時、オオトカゲの石の像を見かけました。そう言えばコモド島が近かったのです。

 人間の年で言うと60歳くらいであろうオオトカゲが、ある島に生息していて、その島を支配しているらしいです。不思議なことに、頭が尻尾の先にも付いていて、主な命令や発言は尻尾に付いた頭から発せられるそうです。しかし身の危険が近づいた場合や、尻尾の頭が気に入らないときは、その頭を自ら落とすことができます。ここは普通のトカゲと変わらない。ついこの間も尻尾を切ったところだそうです。次はどんな頭が出てくるのでしょう。このオオトカゲ、傍から見ると少し気持ち悪い生態の持ち主です。でもオオトカゲの支配を、島の人々はずっと認めてきたようです。これからも島はオオトカゲが支配し続けるのでしょうか。世にも不思議な白昼夢でした。 

経済グローバル化時代の地域公共交通
路面電車と都市の未来を考える会(RACDA)会長の岡将男さんから

 「小泉改革」の行き過ぎの例として、交通部門の規制緩和がある。採算のとれない地方の電車やバスがどんどん廃止され、その反省から国土交通省では地域公共交通活性化再生法を制定した。

 日本は人口密度が高く、世界的にも珍しく公共交通を民間会社が経営できた。しかし自動車社会の急速な発展の影響だけでなく、少子化や団塊の世代の退職で、公共交通の経営は軒並み苦しくなっている。東京大阪以外の都市圏では公共交通は瀕死の状況にある。

 しかし一方で地球温暖化対策のためには、地方都市では公共交通の分担率を15%程度(現状岡山では5%程度)にはしなければならなくなる。そのためには自動車交通を計画的に削減し、公共交通を充実させる政策が不可欠になってくる。そろそろ日本でも交通政策において具体的な数値目標を設定する必要がある。

 さて我々RACDAは公共交通推進のNGOだから、岡山地域のバスマップを発行している。先日九州の人材派遣会社から「岡山の勤務者のためにバスマップを100部購入したい」とのお話があった。「小泉改革」の結果、製造業における人材派遣が解禁され、企業収益改善には貢献し国際競争力はついたものの、被派遣者の年収はとても自動車など所有できないレベルになってしまった。公共交通の衰退した地方では、若者たちは移動の自由を失っている。また年収の低下が原因で若者はさらに結婚しなくなり、当然子供も作れなくなるから、国内消費の低下にもつながっている。自動車業界にとっても国内で自動車が売れなくなっているのは、下請けの底辺で派遣が増加したためではないか。タコが自分の足を食うようなものである。
RACDAが導入支援をした、岡山の超低床LRVのMOMO
(撮影・赤木幸茂さん)

 先日、岡山経済同友会で、神野直彦・東大教授の講演を聞いた。「グローバル化の結果、貧富の差が広がるので、EU諸国では医療福祉に税金投入をして所得再分配を行っている。その場合、地方分権が必要で、日本における道州制導入もそうした文脈で考えるべきである。」と。これを聞いて、私は公共交通における税金投入も、ある種の所得再分配と考えるべきだと思った。早速お帰りになる神野教授にお話ししたところ、賛同を得られた。

 フランスではいまLRT(軽量軌道交通)導入ラッシュが続いているが、それは交通権が確立され、地方分権が確立され、財源が確保されたから可能になった。EU諸国では、ガソリン代の中の税金は130円程度と日本の倍ほどで、ガソリン代が高いのに合わせた経済構造にもなっている。そしてその高いガソリンの税金を医療福祉、公共交通の維持に流用している。税金は高くても、生活の不安を取り除くことができる。

 もはや経済のグローバル化はとどめることのできないものだとすれば、地方自治体はこうした生活重視の政策を進め、所得再分配を図る必要がある。我々全国路面電車ネットワークの活動も、こうした視点から再検討して、地域の公共交通への税金投入とコントロールについて、市民に啓蒙していく必要があるのではなかろうか。

この秋、読書と映画鑑賞にはまりませんか?
弁護士で映画評論家の坂和章平さんから

 「映画を観て、評論を書いて、ホームページ・ブログで公開し、『シネマルーム』シリーズとして出版する」ことが私の日常業務の一部となりました。弁護士業務との二足のわらじはしんどい面もありながら、充実した毎日を過ごしています。中国での中国語による出版の夢についても、8月に上海の出版社との打合せができ、一歩前進したところです。中国語での出版の夢が実現し、このコーナーで報告できる日を楽しみにお待ち下さい。
 

 さて、日本での出版はブレーキが壊れた車(?)のごとく止まりません。9月に『ナニワのオッチャン弁護士、映画を斬る!SHOW−HEYシネマルーム18』(377頁 定価2,000円・税込み)を、10月に同『シネマルーム19』(452頁 定価2,000円・税込み)を出版しました。

 いずれも自信作ですが、特に『シネマルーム19』は韓国映画を特集した『シネマルーム8』(06年2月)に続いて、ヨン様の『太王四神記』1〜8話をはじめ韓国映画27本を特集しています。

 普段映画を観る機会の少ない方も是非一度『シネマルーム』を読み、興味をもった映画を鑑賞してみて下さい。きっと映画は人生のステキなスパイスになるはずです。実りある芸術の秋をお過ごし下さい。

 『シネマルーム』についてのお問合せ・ご注文は坂和総合法律事務所 (TEL 06(6364)5871 FAX 06(6364)5820
メール office@sakawa-lawoffice.gr.jp)まで。
お待ちしております。 

ペルシャの伝統音楽、各地で披露
ペルシャ語法廷通訳、エッセイストのダリア・アナビアンさんから

 日本とイランの文化交流を進めるコーディネーター、プーリー・アナビアンは、関西地方でもっとも長くペルシャ文化の橋渡しをしています。今年の夏は、ペルシャ伝統音楽隊“カラヴァーン”を招き、近畿地方の最南端から最北まで、日本初の打楽器中心の音楽隊を組んで日本各地にペルシャの鼓動を響かせました。“トントンバクバク”と叩く音色に由来する太鼓トンバクは、ペルシャの大地で3000年前から叩かれてきました。10本の指先を自在に操り、手のひらや指輪を使って無数の音を紡ぎ出すスタイルは、100年前に完成を見たのです。

 この七夕の月に、日本とペルシャが再会しました。遥かシルクロードの彼方から6人の彦星が天の川を渡り、何種類もの太鼓の律動を響かせ、紳士淑女をどんな迷路に誘いこんだでしょう?

 イランが文化発信の窓口を閉ざしている今、糸を手繰り寄せるように、関西のペルシャ母娘、プーリーとダリア・アナビアンがペルシャ伝統音楽隊、カラヴァーンをコーディネートしたのでした。プーリー・アナビアンは、大阪音楽大学講師歴27年を数えるサントゥールを奏でてカラヴァーンと競演。ダリア・アナビアンは、ペルシャ宮廷音楽師のドラマをスライドで紹介しました。”カラヴァーン”は、ペルシャ語で隊商という意味ですが、まさに今回、日本各地を旅し、日常を忘れさせる安らぎのオアシスを広げました。昔から日本とイランの縁浅からぬ訪問地を旅日記風に綴ります。

 7月19日、ツアーの皮切りは、最近、大阪心斎橋にオープンしたペルシャ料理店ラ・ペルセにて。カラヴァーンは、関西の聴衆との交流に燃え立ちました。

 7月21日、奈良のいかるがホールにて「ペルシャの鼓動、スペシャル・コンサート」を披露しました。飛鳥時代に日本とペルシャの文化的交流が盛んだったように、今は地下水の流れではありますが、続けています。昔からペルシャと斑鳩は赤い糸で結ばれていたのでしょう。622年、聖徳太子が亡くなった時、奥さんが死を悼んで作った「天竺国曼荼羅」の下絵はペルシャ人が描いたと言われています。当時の日本は仏教伝来の前夜で、まだ地獄も極楽もない時代でした。その頃に後の極楽を表す刺繍のデザインを斑鳩で描いたのです。斑鳩とペルシャの歴史的なご縁を感じます。

 7月22日、和歌山県の串本町文化センター。串本とイランの北部は、従兄弟同士のような町です。この二つの地方は、国際的なラムサール条約で結ばれています。ラムサールとは、カスピ海湖畔の町、ここで1971年に水鳥が住みやすい湿地帯とサンゴ礁や地下水系の保護に力を尽くすために、条約が制定されました。今回は、初めて文化交流で繋がりました。
若狭町でのカラヴァーン隊の演奏風景

 7月24日、大阪市の住吉人権文化センター。7月25日、伊丹アイフォニックホールの地球シリーズ・コンサート、「トンバク競演」では、七夕に合わせて「銀の月」を演奏しました。月を眺めながら恋人を待つペルシャ民謡です。

 7月26日、美しい三方五湖を見渡す福井県若狭町のホテル「水月花」のロビーで演奏。この町もラムサール条約の縁で結びついているのです。実は、イランのラムサールは一見、福井県の若狭町と見間違えるよう。温泉、湿原、山、海…その風土は驚くほど似ています。自然観光保護で繋がっている若狭とラムサールは、初めて音楽で繋がりました。

 7月27日、ペルシャ打楽器の最後のコンサートは、ホテル日航茨木大阪で太鼓判の出来映えで締めくくりました。この時は、スペシャルゲスト、ダルビッシュ・シュセファット・ファルサさん(ダルビッシュ有投手の父)によるスペシャルトーク。メディアが報道しない知られざるイランを幅広く語ってくださいました。

 青いモスクの塔を象った舞台にカラヴァーン隊の彦星たちが、客席の後から太鼓のリズムを刻みながら登場。トンバク奏者、シアマキ・バナイさんは、太鼓演奏のコンサートマスター。3人のお供と太鼓を取り替えながら7色のリズムを響かせました。そこに葦笛奏者、アラシ・ファラさんは、尺八のようなかすれた低音から叫びのような高音の調べを吹き鳴らしました。ペルシャ音楽は、詩歌でリズムをとります。詩歌のボーカリスト、バーラム・サーランギさんは、祈りのような歌声で聴く人の心を内に向けさせます。プーリー・アナビアンとパートナーの河村真衣さんが奏でるサントゥールの音色は、古のシルクロードを巡らせます。フィナーレは、がらりとムードを変え、バーラムさんの度肝を抜く声量と、プーリー・アナビアンのピアノでイラン北部アゼルバイジャン地方の民謡を謳い上げました。

 日本演奏のお別れを惜しんで、全員が持てる力をすべて発揮。ペルシャのパーカッションを中心としたカラヴァーンは、ジャズからクラシックまでのジャンルを含むペルシャ音楽の奥深さと幅広さを醸し出しました。

 古代からのペルシャの伝統競技レスリングは、トンバクや様々な太鼓と詩の朗読でリズムをとってきました。オリンピックでイラン代表がたくさんの金メダルをとってきた秘密はトンoクにあります。スポーツと文学が合体した文化は世界でも稀です。

 ペルシャ文化の伝道母娘は、飛鳥時代に開いた交流を現代シルクロードの道に繋げ、これからも日本各地でペルシャの風を吹かせます。関西のペルシャ母娘のレクチャーコンサート情報は、 http://www.anavian.jp までどうぞ。

「ピンホール写真フェスティバル2008」
 が開催されました

ピンホール写真芸術学会(PPAS)事務局長の合津文雄さんから

 7月28日(月)〜8月17日(日)まで、「オホーツク・紋別 ピンホール写真フェスティバル2008」が北海道紋別市で開催されました。東京、大阪、京都などは連日35度を越える酷暑の中、北海道紋別市は爽やかで、明るい日差しに包まれていました。

 同フェスティバルは紋別市に後援いただき、宮川良一紋別市長を実行委員長とする、オホーツク・紋別 ピンホール写真フェスティバル2008実行委員会による運営で開催されました。

 8月7日の前夜祭、8月8日のシンポジウムとPPAS総会、8月9日の基調講演、ガイドツアー、ワークショップには予想を越えるご参加をいただき、あわせて、紋別市立博物館、まちなか芸術館も空前の来館者を記録したとの報告を受けています。

 必ずしも十分な準備ができたとは言えないのですが、二つのシンポジウムと基調講演では重いテーマに取り組み、深い議論・高度な議論ができましたし、写真展は数の上でも 最大、著名な作家・アマチュアを問わず質の上でも非常に高いものとなりました。

 参加者方々からは、シンポジウムで議論あるいは基調講演の内容によってスローライフやスローアートへの理解が深まり、また、写真展にも触発されて、今後の人生の糧となったなど、様々なご賛同と感動の声をお寄せいただいております。また、地元新聞各紙で大きく取り上げられ、地元の紋別市でも話題になっていると聞きました。

 オホーツク・紋別 ピンホール写真フェスティバル2008実行委員会には、ピンホール写真芸術学会(PPAS)が主要メンバーとして参画し、地元や関東、関西などのたくさんの会員が委員会スタッフとして活躍しました。

 ピンホール写真芸術学会はピンホール写真芸術の認知度を上げ、会員の技術向上を高めるとともに、多くの写真芸術を志す者たちの発表の場を設けることと、同時にスローな生き方やエコロジーの心への深い理解の浸透を目指して、2007年の秋に京都で設立されました。

 当学会の主な活動内容は、年1回発行の学会誌、各地での展示会、研修会のほか、地域と積極的にコラボレーションを図り、ピンホール写真芸術を切り口としたスローライフ提唱および、環境や社会を見つめ直す時間の提供を行っています。当学会は、ピンホール写真に携わるものだけの学会ではなく、さまざまな角度から、さまざまな立場から人々が現状の暮らしを見つめ直し、継続可能な未来のための知恵を出し合い、具現化するために動くことをめざしております。

 今後もピンホール写真芸術学会の活動にご注目いただければ幸いです。

こんな話――山里のガキども
漫画家の河村立司さんから

 稲穂がお辞儀をはじめると、放課後のガキどもの動きは活発になる。

 「お前ンとこの山、マツタケ(方言ではナバ)ぎょうさん出るか」「うん、今年はまだ出とらん」「隠すなよ」と、ガキ連合のサミットが始まる。出そうにない年は、共有林や国有林の『トメ山』でも、ほとんど不作。日曜日に、篭を腰に朝早くから勇んで登っても、ほんの2、3本。おばあさんにシロ(ポイント)を教えてもらっていても極秘。

 だが豊作の年は有頂天になり、ついポロリ。仕方なく宿題も未完のままのガキ連合は、お前ンとこの山へ急ぐ。さすが高学年の眼力は確かだ。素早くシロを見つける。チビなナバには土と木の葉をソッとかぶせておく。

 そこそこの収穫は、霧吹きした古新聞に包み、自転車で隣の町へ売りに行く。八百屋のおばさんは「来たか、今年も…」と、からかいながら買い取ってくれ、その小銭で少年倶楽部を買い、あんパンもきっちり人数だけ買う。

 もうひとつ、山には自然薯という宝ものもあった。こいつは土のなかをくねくねと気ままに這いまわる、ねばっこい芋だが、担いで登った鍬や棒切れで掘り出すと歓声が谷にこだました。夕飯は、おばあさん特製の日向味噌(麦と麹が主体)をまぶした自然薯の『麦とろ』。うまいのなんの、忘れられぬ味だ。

 そのころ、おばあさんと母親は夜なべに柿の皮むきに精出し『干し柿』をつくっていた。軒下につるした干し柿は、戦時中の乏しい砂糖の配給を補う、貴重な甘味料にもなった。むいだ柿の皮は、干して大根漬けの隠し味にする。どの農家でも、捨てるモノはひと切れもなく、いろいろ工夫して巧く加工していた。

 やがて秋祭。バナナの叩き売りやらニッキ水や射的に鯛焼きも。しっぽまであんこが詰っている鯛焼き屋はガキの人気のトップ(と言っても戦中は、出店もゼロに近く、せいぜい、怪しげなおでん屋だけ)。

 やがて師走。柿の皮入りの大根漬けも、ほんのり橙色に染まる。私たちガキは、「おこうこかりかり お茶漬けさぶさぶ」の掛け声で、飯粒をぽろぽろこぼしながら育ったのである。農村の食卓は質素だが、ほとんど手づくりの旬のものが並んだ。いまのような、食を睨む疑心暗鬼はカケラもなかった。

 美味放浪だけがグルメではないだろう。

お願い

会報への原稿は随時、受け付けています。
次号に掲載を希望される場合は20日までにお寄せください。
ただし、紙面の都合で掲載できない場合は
その次の号に回すこともございますので、ご了承ください。

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