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会員消息伝言板
05年度
企画運営委員から
中之島から
事務局から

 
会員消息伝言板
「学力低下」解消には「家庭力の回復」を
特定非営利活動法人コリアNGOセンター事務局長/
教育コーディネーター
金 光 敏(キムクァンミン)さんから

 中山成彬文部科学大臣が、学習指導要領の見直しを明言している。中山文科大臣は「ゆとり教育」を改め、現学習指導要領中の「総合的な学習の時間」を全般的に減らす意向に言及した。

 昨今の学校教育における「学力低下」問題で、「ゆとり教育」が批判の的になっているが、「学力低下」と「ゆとり教育」との関係は、研究者や教育団体によって意見が分かれ、中山文科大臣の言う「ゆとり教育」の見直しが、そのまま「学力向上」につながるのか、必ずしも明確ではない。

 私は、学校教育に携わる立場で「学力低下」論争に触れ、その議論に欠落している点をひとつだけ述べたい。「学力低下」問題において、最も目を向けられるべきことのひとつに言わずもがなの「家庭」の問題がある。実際に、家庭の教育力の高さが、子どもの学力に何らかの影響を与えていることは現場で実感できる。それは、単に親の学歴や親が勉強を見てやれるというステレオタイプ的な親の問題ではなく、日本の産業構造の変化や家族形態の多様化の中で、子どもたちの生活パターンが劇的に変わり、何よりも、バブル経済以降、子どもが家で親と対話する時間が絶対的に減っている。産業構造の変化にともなう雇用体制の流動化によって、共働きで、かつ両親が互いに就労時間のちがう職業に従事し、そして契約社員、派遣労働、アルバイトなどの非正規雇用業態に従事している。

 ましてや離婚率の上昇などによる家族形態の複雑化で、母子家庭や父子家庭も着実に増え、夜間に親が帰ってくるまでの間、子どもだけで過ごしている風景は、いまやまったく珍しいケースではなくなり、子どもたちが「学力」を付けるための前提となる他者との交わりや、情緒的安定感を不足させた状態であることは間違いない。子どもたちが、授業中に眠たくならないように十分な睡眠時間を確保する、規則正しい生活を子どもたちに保障する、このいたって当たり前のことが、いま最も子どもたちに難しい状況だ。

 「学力低下」問題は、実は、すでに教育論の範疇を越えている。雇用を確保し、生活水準維持するという経済政策、労働政策の問題でもあるとの認識を持つべきである。企業に有利な雇用形態が法整備され、非正規雇用就労を拡大し、社会保障政策で自助努力や自己責任の重視を謳えば謳うほど、子どもたちの依拠する家庭の分散はさらに進み、もはや家庭が子どもたちに安定を提供する場所ではますますなくなる。すなわち、子どもの「学力低下」解消のためには、「家庭力の回復」が重要であり、その基調となる雇用政策や社会保障政策に行政・企業の責任が明確にされる必要がある。

 学力問題は、「詰め込みか」「ゆとりか」などのステレオタイプ的な教育論では堂々巡りを繰り返すだけで、そこから解決策は見えてこない。中山文部科学大臣が、なんら躊躇なく、そうした堂々巡りに率先して加わっていることに日本の教育の不幸があるのかもしれない。

 学校教育は誰もが経験するため、教育についてあらゆる人々が様々なことを言う。しかし、往々にしてそこにあるのは、自らの経験談、ノスタルジーをもとに語られる教育談が多く、専門的視点や現場の実態把握の欠落は否めない。文部科学省のなんとか審議会などでも往々にしてそうした議論が多く、教育の混迷の原因はそこにもあると言えるかもしれない。

 教育の現場に従事する当事者こそが、いまこそ教育を多いに議論することが求められる。



台湾旅行と反国家分裂法
弁護士の坂和 章平さんから

 1. 郵政民営化法案をめぐる政府VS自民党の駆け引きはいよいよ正念場を迎えているが、2008年の北京オリンピック開催を控えて中台関係は緊張関係を増すばかり。2000年以降、中国(本土)については(1)大連・旅順・瀋陽、(2)西安・敦煌、(3)北京、(4)杭州・紹興・鳥鎮、(5)桂林・深せん・広州、(6)雲南省、と次々に旅行してきた私だが、半分本気で、台湾へは今のうちに行っておかなければヤバイのでは・・・と思い立って台湾へのツアー旅行に出かけたのが3月13〜16日。

 2. 今回の台湾旅行のガイドさんは私と同じ1949年生まれの男性で、父親は元日本海軍軍人だったから大の日本びいき。「台湾は日清戦争以降、1945年まで日本のお世話にはなったが、中国のお世話になったことは1度もない」「台湾が中国と一緒になる理由など何もなく、日本と一緒になった方がよい」とその主張は明確・・・。そんな台湾旅行中の3月14日の朝ホテルで見た台湾の新聞には、中国で開催されていた第10期全人代で「反国家分裂法」が全員一致で採択されたというニュースが一面に。こりゃ大変だ。台湾ではこれに対抗するため、急きょ3月26日に50万人規模のデモを行うことが決定された。日本に帰った後注目していると、このデモは予想を大幅に上回る100万人が参加したとのこと。きっとガイドさんも参加していたのだろう。

 3. 4月に入ると「教科書問題」をテーマとして日韓の溝が急速に深まったが、中国でも4月9日には北京で、10日には広州・深せんで大学生を中心とした大規模な「反日デモ」が展開され、日本大使館や日本のレストランやコンビニに投石されるという由々しき事態が生まれている。今後の成り行きが注目(心配)されるが、コトが簡単におさまるとは到底思えない。こんな日中、日韓問題の評価そして教科書問題をめぐっては、朝日新聞VS産経新聞のバトルがいよいよその激しさを増しており、要注目!

 4. 私のはじめての中国旅行は大連・旅順・瀋陽だったが、それは2000年8月10〜14日のこと。そして2回目が西安・敦煌旅行でちょうど1年後の8月9〜14日のこと。小泉内閣は2001年4月に登場したが、小泉総理が掲げた公約の1つが、8月15日の靖国神社参拝。そのため、「その日」が近づくにつれて、必然的に日中関係は緊迫していった。そんな中、私は前年に瀋陽で見学した「9・18事変陳列館」や旅順で見学した「旅順監獄」を思い出していた。そして西安からの8月14日の帰りの飛行機の中で読んだのが、小泉総理が1日前倒しで靖国神社参拝をしたという新聞記事。そんな節目の時に、西安・敦煌旅行に行っていたのだと思い出しながら、今度は2005年3月の台湾旅行で「反国家分裂法」という大問題に直面。まさに時代は激動していること、そして日中・日台・台中関係の緊迫度のすごさをあらためて実感させられた、意義ある台湾旅行だった。


願いはかなうもの
俳優の西村 恵一さんから

 中学時代に映画「ロッキー」を観て胸がふるえました。ラストシーンでは涙が溢れ出ました。男友だち3人で行ったので、泣いているのが恥ずかしかったことを覚えています。その感動は熱く僕の胸に刻まれました。

 けれどボクシングを自分がやるなど到底想像も出来ず、思いだけがこの胸に残りました。

 それから30年近くの月日が流れ、僕は40歳を過ぎました。そして今、ロッキーのあの名シーンを僕が演じる事になろうとは夢にも思いませんでした。思い続ければ、願いは叶うものです。

 中学時代の思い出は僕の一生の思い出であり、映画は今も僕の人生をとても豊かなものにしてくれています。そんな映画の名シーンが綴られた舞台『ブラック・ブラザースの街の灯』が僕の主演第1作です。個性的な俳優陣に囲まれて、今からわくわくしています。映画好きな方も、そうでない方も是非、ご鑑賞くださいますようお願い致します。 ●日時/7月1日(金)19時30分・2日(土)15時、19時・3日(日)14時、18時 ●場所/一心寺シアター倶楽(JR・地下鉄天王寺、四天王寺前夕陽ケ丘より徒歩10分) ●出演/西村恵一、逆木圭一郎(劇団☆新感線)、原敏一(劇団赤鬼)、萩原宏信、門野恵子、浜野千春、山本直匡、足立直美、大河内ゆみ、金明玉(劇団メロディアスメロン)、久保充((有)アカボッチ)、梶本由紀(劇団野火の会) ●入場料/前売り\2500、 当日\2800 ●お問い合わせ/06-6712-1435(B.I.T.)


「不易流行研究所」が「次世代研究所」に
サントリー次世代研究所部長の佐藤 友美子さんから

 サントリー「不易流行研究所」は、2005年3月29日、「次世代研究所」(所長:筑紫勝磨 サントリー株式会社常務取締役)に生まれ変わりました。

 「次世代研究所」では、研究領域を日本の未来を担う“次世代”と“次世代を取り巻く社会”に特化し、研究活動を行ってまいります。 「不易流行研究所」は創業90周年事業として1989年5月に設立されて以来、新しい時代に向けての生活文化のありかたを“生活の中の楽しみ”という切り口から長期的かつ幅広い視野で研究してきました。

 家庭における年中行事の変遷、家族のありかたの国際比較、若者の価値観やコミュニケーション、成熟社会のライフスタイルなど様々な調査・研究をしてきた中、社会が豊かになり、1人ひとりの楽しみがある程度実現されたことが実感されました。一方で、異世代の交流が減少し、効率化ゆえにプロセスが見えなくなり、応用力やバランス感覚を失ってきていることもうかがわれました。

 特に多くの若者たちが、選択肢の多さゆえに不安を抱えていたり、将来に夢を持てずにいたりという厳しい現実が見えてきました。

 「次世代研究所」では、子どもたちの未来こそが日本の未来であり、若者たちの夢をサポートする社会が必要であるとの認識にたち、様々な調査研究を展開していきます。“次世代が希望を持って幸せに生きていくために、わたしたち大人は何をすればよいのか”、子どもや若者の実感を探り、次世代と大人の信頼関係を構築する手助けになるべく研究成果を広く発信していきます。

 今後とも当研究所の活動にご注目くださいますよう、よろしくお願い致します。次世代研究所ホームページ http://suntory.jp/JISEDAI/


興行に賭けた人たちをご紹介ください
21世紀ディレクターズユニオンの林 信夫さんから

 2002年から3年かけて、大阪を中心に10人の仕打ち(興行師)の方々にインタビューをしてきました。タイトルは『舞台稼業列伝』、掲載紙は『雲遊天下(ビレッジプレス刊)』です。芸能人や表現者など舞台を飾った人ではなく、その舞台をしつらえた人に焦点をあてたインタビューです。

 劇場としてはサンケイホールの吉鹿さん、ピッコロシアターの山根さん。鑑賞者組織としては労演の岡田さん、労音の中野さん、オーケストラの野口さん、歌舞伎の中川さん、大衆演劇の岩根さん、ダンスホールの遠山さん。演芸としては吉本の中邨さん、そして今回の松竹芸能の勝さんです。この世界の仕事に対してアート・マネジメントという新しい言い方もありますが、戦後の混乱期から市民に芸能文化を提供してこられたそれぞれの興行の在りようは、横文字では現しようもないほど躍動感に満ちています。またそれぞれの芸能に通底する興行的課題も見えてきました。戦後大阪の文化芸能史のひとつとして、いずれまとめてみたいとおもっています。

 ついては会員のみなさまへのお願いです。戦前、戦後から興行の現場に関わった方々をお教えいただければ幸いです。そのうえご紹介もいただければありがたいのですが。この世界、きちっとしたご紹介がないとなかなか語ってはいただけないのです。メールアドレスは QWU06416@nifty.comです。


台湾の菜食主義者から学ぶこと
「地球に謙虚に」運動代表の仲津 英治さんから

 去る4月5日は、こちら台湾では清明節、旧暦の2月27日で休日です。皆さん故郷へ帰るのが慣習だとか。故郷からUターンする人たちのラッシュが続いています。

 今日は台湾の菜食主義者=Vegetarianについて触れたいと思います。台湾では菜食主義者のことを素食主義者と表します。

 2年以上前に台湾での仕事に耐える胃腸に戻そうと断食道場に入ったことがあります。同じく「地球に謙虚に」運動の呼びかけ人である栃下和雄氏=エコロジカル イーティング(省食・少食)運動代表が主宰されている道場でした。そこで中国人社会(台湾も含め)は食事をすることを楽しみとするいわば食道楽の社会なので、健康のために態々断食を行なう人は極めて少ないとの話を伺いました。しかし2003年8月台湾高速鐵路公司の職場に入って見ると、確かに断食を行なう人は大変少ないことは確認できましたが、菜食主義者の人が多いことに驚きました。私の所属している安全部は20人ほどの所帯ですが、一割の二人がそうなのです。一緒に食事に参りますと彼らは特別に別の料理を注文します。

 さらに驚いたのは菜食主義者の人と一緒に出張に行ったときに、出張先の係の人が弁当を注文する際、菜食主義者の人はいないかと確認したことです。彼以外にもう一人いました。そして弁当屋はちゃんと素食何々と記された弁当を運んで参りました。また会社の忘年会パーティーが開かれたときです。1,000人は下らない社員全員参加の懇親夕食会でもあります。そこにもちゃんと菜食主義者専用のテーブルが用意されており、数十人の出席者が会をともにしていました。何箇所か菜食主義者用の食卓が整えられていたようです。

 少なくとも私の知っている範囲内で、日本では菜食主義者用の弁当とか、宴席で専用テーブルを設ける手配などは、寡聞にして聞いたことが有りません。弁当屋さんは菜食者用の弁当を作って採算が取れているのだろうかと人事ながら、関心を持って伺ったところ、結構需要があるから大丈夫だ、レストランでも菜食専用のお店もあるくらいだというのです。

 一方、台湾ではケーブルテレビが圧倒的に普及しています。台北など大都市では100チャンネルを超えるテレビ番組があり、その中に仏教の宗教番組が4チャンネルもあります。もちろん民間放送です。放送内容は当然硬く、一日中お坊さんの説話、読経風景とお経などが流されています。北京語を習い始めてから、しばらくして流れる漢字字幕とお坊さんの話を追っかけたことがあります。意味はさっぱり分かりませんが、どうやら和尚さんによって台湾語と北京語の違いがあるようです。これはチャンネルに拠るのではなく、説話する和尚さんが使い分けるか、いずれかの言語で話しておるとの事でした。

 いずれにせよ、宗教番組で4CHものテレビ放送があることには、台湾へ来たときに驚愕の念を禁じえませんでした。しかも企業CMはありません。親しくなった方々に伺ってみますと、ある女性が「私も含め、信者がスポンサーになっている」と言われました。職場の菜食主義の同僚曰く、自分もドナーであるとのことでした。会費制かと伺いますと「いや個人の自由意思による」との答え。

 日本で宗教団体がテレビチャンネルを持つことは許されているのか知りませんが、仮に認めるとすると、信教の自由とか公共性のある電波を特定宗教に開放するのかと言った議論が巻き起こりそうな気がします。

 信者によって支えられた宗教チャンネルの存在、放送内容を見ますと全て仏教系です。そしてテレビ番組でも信者に菜食主義を勧奨しているとの事です。紹介された複数の宗派のホームページを見ますと、お寺の建物は煌びやかで割と歴史の新しい新興仏教寺院という印象を持ちました。壮大な寺院の建物、庭園などは全て信者の寄付によるとのことです。

 そして菜食主義者の人はどれくらいいるのかと友人に伺いますと、人口の1、2割はいるだろうとの返事でした。中に宗教上の信念に基づく人と、健康のために菜食主義を貫いている人の二通りあり、仏教信者の方が長続きするとの事でした。私は台湾社会の健全性の一端を知ったような気がしています。 

 また菜食主義も中身もかなり徹底しており、動物、魚介類の肉、乳、脂、またそれらを原材料にした製品も禁止であり、スープなどにも動物油は使われていないとの事です。

 去る3月に発信しました「稲作を大切に、お米を頂こう」のところで述べましたように動物食はエネルギー資源を多消費する食生活でもあります。世界3大穀物のトウモロコシ1kgで人間が1日生きられるとすると、鶏には2倍の、豚には4倍の、牛には実に11倍のトウモロコシを与えないと同じ重さの肉が得られないと言います。それだけ大きな面積の土地が要るのです。

 また肉食は肥満を生み、肥満体はその重さゆえに何かとエネルギー使用を促進します。肉食主義者は消エネ・消資源生活者であり、菜食主義者は間違いなく省エネ・省資源生活者です。

 私は、菜食主義者ではありませんが、かなり以前から肉食は避け、海鮮、海産物は大いに頂くように切替えました。生物の祖先は海で生まれ育ったことを知ったときからです。そして朝夕2食を原則とするようになって3年と6ヶ月、体重はコンスタントです。

 良い事はお互いに学びあえると思います。

 台湾から学ぶことが多いと思う今日この頃です。台湾在任中(帰省先=滋賀県志賀町)


「天満天神繁昌亭」開設にご協力を
天神橋筋商店連合会会長の土居 年樹さんから

 往年の天満は中心市街地だった。「天満へ行く」というと「大阪へ行く」という事だったと古老は言う。明治の頃は8軒の演芸の小屋があって賑わっていた。川筋には「天満青物市場」があり南北の天神橋筋は繁華街、そして東西の町には酒造り師、ガラスの切子職人などが住み、天満宮、寺町はお参りの人々(今風に言えば観光客)が来ると言う大阪の顔でもあったのである。

 そんな街も戦後は大きく様変わりしてしまった。

 戦後の混乱期は未だしもその後は衰退の一途であった。小屋は姿を消し、市場は無くなり,水質悪化で酒造り屋も移転,公害で工場は閉鎖、おまけにドーナツ現象で住民まで居なくなった。昭和30年代から始まった大型スーパー、そしてコンビニ、郊外型店舗の影響で天神橋筋もお客減少傾向が続いていた。そんな中、昭和52年頃に私は商店街の役員の一人としてその活動に参加、以来約30年間商店街の活性化に努めている。

 活動の中での私の信念は「街は街あきんどが支える」と言う事だ。取り分け大阪人は大阪の街を町衆で作り上げてきた実績がある。その精神は「先義後利」つまり義理人情が先、利益は後からついてくると言うことだ。この思いが人に優しい大阪を築いてきたのである。

 そこには街文化(祭り)、商い文化(暮らし)、職人文化(ものづくり)、芸能・芸術文化(教養)そして最も大切な触れ合い文化がある。そんな街が今、壊されている事に多くの日本人は気がついていないのではないだろうか。行政・政治家・学者を含めた有識者が街の必要性をもっと訴えるべきだと私は思っている。

 その思いが通じたのか、昨年の一月初旬の事、縁あって落語家の桂三枝師匠にお目にかかる事ができた。師匠は(社)上方落語協会の会長さんである。「商店街の活性化に落語家がお役にたてたら」という事だった。空き店舗を寄席にとのお話もあったが私はもっと大きく街が発展する事が大事だと思っていたので大阪天満宮の寺井宮司に相談をした。幸いにして天神さんの敷地を無償でお借りする事をご快諾頂き直ちにその準備委員会を結成する事となった。

 何せ70年間空白の上方落語の常設小屋を建設しようという大きな構想である。私自身もライフワークの積りで取り組んでいる。(三枝師匠も同じ思いだろう)

 発起人として大阪府知事、大阪市市長、大阪商工会議所会頭、(社)関西経済連合会会長など多くの官・民の方達の協力のもと、委員会を立ち上げる事が出来た。「1万人・1万円作戦」で1億円の募金を広く・多くの方々にお願いしようというのが主旨である。

 大阪人で著名な方々にも「呼び掛け人」として名前を連ねて頂いている。(朝日21関西スクエアのメンバーも)

 2月14日に記者発表して以来問い合わせは数多い。しかし中々実績が上がらないのも事実である。

 上方落語の復権と大阪の街の再生。その事が犯罪の多い日本社会を救う手立てでもあると考えている。是非募金にご協力をお願いします。

 問い合わせは「天満天神繁昌亭開設準備委員会」(TEL06−6352−6266)まで。


災害時の要援護者対策を急ぐ
(株)東建エンヂニヤリング防災技術研究所所長の伊永 勉さんから

 新潟に続いて福岡の地震も予期せずに起こりました。明日はどこに起こるのか心配がつきません。ところで、このような突発災害では、高齢者、障害者、乳幼児、傷病者、外国人といった、いわゆる要援護者(過去には、災害弱者と呼んだ)の方々にどのように応援すればよいのかが、各地でようやく大きな課題として取り上げられるようになりました。

 私は今、近畿の200弱の市町村の防災力の実態調査を手始めに、数箇所の市町における要援護者のための災害対策の見直しに取り掛かっています。行政機関からの委託業務ですが、仕事としてだけでなく、多くのNPOや学識者を交えて、できるだけ実態を把握しようとしています。しかし非常に大きな問題があります。それは個人のプライバシーの保護と情報公開というあい反する条件です。大半の自治体では、高齢者や障害者の方には本人の了解をとって、名簿を地域の自主防災会役員に管理させています。また、警察のみが厳重管理をしているところもあります。一部の家族には、身内に障害者や寝たきり老人がいることを隠したい気持ちもあります。

 ところで、津波の危険がある海岸線では数分で避難するために、地域に住んでいる全ての人の状態を知っている必要があります。また、都市部では、隣に住んでいる家族構成を知らずに、安否確認ができないこともありました。今回の調査を進めるにあたって、まず、このような問題に答えを出すには、行政の組織間の壁を痛感します。危機管理、福祉、教育、医療、国際交流等、担当部局の考え方が一致していないどころか、要援護者のテーマでの合同の検討の場さえもないことが多く、時に不特定多数の顧客を扱う商業施設を指導管理する通産・商業部局では、全く他人事のところがありました。地下街や高層ビル、高速道路等、健常者でも危険がいっぱいです。

 住民共助の代表的活動である、災害時の要援護者対策について、行政に頼ることなく、地域住民の知恵での解決方法を期待する毎日です。会員の皆さんで事例やヒントをお持ちでしたら、ぜひメールで教えてください。
korenaga-tu@tokeneng.co.jp


皐月の催事
上方文化評論家の福井 栄一さんから

 1. 5月10日(火)午前8時〜9時:船場経済倶楽部講演会『なにわの賑わいを取り戻すには』(於)大阪第一ホテル

 2. 5月11日(水)午前10時30分〜12時:生涯学習講演会『上方の笑い〜ことばあそびの魅力』(於)京都アスニー山科

 3. 5月25日(水)午後1時〜2時30分:芦屋川カレッジ講演会『義経と弁慶〜伝説のウラオモテ』(於)芦屋市民センター

 4. 5月26日(木)午後1時30分〜3時:女性職能集団WARP講演会『上方の笑いは生きる力をくれる』(於)中之島プラザ

 5. 6月7日(火)に、待望の福井栄一写真集『ぼく いちびり』が刊行されます。100余枚の写真と箴言が織り成す妖しの福井ワールドにご期待下さい。予価は税込千円。発行元は有限会社プラネットバルン(電話06−6374−2078)です。


時空超える切り絵の旅
切り絵画家の久保 修さんから

 私は、旅をしながら風土を題材に私自身のイメージを追求し「切り絵」で表現してきました。風土は、その土地に住む人の人生そのものが移り消えていくように、固定されたものではありません。春から夏、秋から冬へと移りゆくもののなかでさえ流転してやみません。そこに「あざやかな美」と「感動(ときめき)」を発見します。私は、日本各地をはじめポルトガル・スペイン・イタリア・フランス・モロッコ・中国・東南アジア・アメリカなどにスケッチ旅行をして人間の温かさや、その土地ならではの自然の美しさにじかに触れ、それを切り絵で表現してきました。

 作画を続けている中で、造形上、刺激と収穫を得たのは、スペイン遊学だったと思います。東洋的感性の切り絵にとって、豊かな色彩が増し、空間意識が拡大したのは大きな意義がありました。もう一つ大きな物は、遊び心だと思います。成長の過程で遊びの中身も次第に変わってきますが、その時々の遊びがその後の人生に豊かさを与えてくれたと思います。遊びの中で得たものが、知らず知らずのうちに作品の素材になることが多くなります。私の作品が郷愁や情趣を誘うとしたら、その人の「遊び心」とどこかで時を共有しているからだと思います。安村 俊文

 遊び心とスペインで得た空間意識の拡大から、私の作品は、単純に紙を切るというものではなく、絵の具・パステル・和紙・洋紙・布・砂をはじめさまざまな素材を使用した、ミクスト・メディア(混合技法)にて、独自の芸術性の高いものに仕上げています。さらに、切り絵という従来の紙を切るという枠を超え、ステンレスを使った立体作品作りにも取り組んでいます。芸術作品として、切り絵を確立するとともに、現代の造形としての作品でありたい・・・・と常に思い描いています。

 5月19日(木)から31日(火)まで、京阪百貨店守口店7階で、「久保修 紙のジャポニズム 時空を超えて切り絵の世界」(朝日新聞社主催)を開きます。高校生以上300円。京阪守口市駅下車すぐ、地下鉄谷町線守口駅下車徒歩約5分です。

<事務局からのお願い>
原稿は5月20日までにお寄せ下さい。いただいた消息は次号(6月号)に掲載いたします。

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