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都立第五福竜丸(ふくりゅうまる)展示館(東京都江東区)

2008年01月18日

第五福竜丸は、第2次世界大戦後の食糧不足の時代に、遠洋漁業用の船としてつくられました。そのころにつくられた大型の木造船で現在も残っているのは、第五福竜丸だけです

 第五福竜丸は、1954年、太平洋の真ん中でマグロ漁をしていたとき、アメリカの水爆実験に巻きこまれ、大量の放射能を含んだ灰をあびました。原爆が投下された広島、長崎についで、日本人が核兵器の被害にあった3番目の事件です。被爆(ひばく)した船体は今も保存され、核兵器をなくそう、平和な世界をつくろうと、わたしたちに訴え続けています。

スポットデータ

1954年3月1日午前6時45分、マーシャル諸島のビキニ環礁(かんしょう)で水爆が炸裂(さくれつ)。第五福竜丸の乗組員たちは、西の空に大きな火のかたまりが浮かぶのを目撃。乗組員23人全員が被爆し、無線長の久保山愛吉(くぼやま・あいきち)さんが半年後に亡くなった
第五福竜丸があびた放射能を含んだ「死の灰」。これにふれた乗組員の皮ふは、ひどい火傷になったという
被爆して半年後に亡くなった久保山愛吉さんの碑。「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」という久保山さんのことばがきざまれている
団体で見学を申しこむと、ボランティアガイドがくわしい説明をしてくれる

●都立第五福竜丸展示館

▼所在地 東京都江東区夢の島3−2 夢の島公園内

▼開館時間 9:30〜16:00

▼休館日 月曜日(祝日・振替休日の場合は火曜日)、12月29日〜1月3日

▼入館料 無料

▼交通 地下鉄有楽町線・JR京葉線・りんかい線「新木場」駅下車、徒歩10分

▼駐車場 夢の島公園内に有料駐車場あり

▼お問い合わせ 03−3521−8494

しゃかぽんポイント

ゴミといっしょに沈むところだった第五福竜丸

 第五福竜丸は、事件後、文部省(現在の文部科学省)に買い取られ、東京水産大学(現在の東京海洋大学)の練習船として使われました。やがて古くなった船は、解体業者に引き取られましたが、エンジンや機械類などを取りさったあとは、東京湾のゴミすて場(夢の島)に放置されていました。そのことを知った地元の人たちが強く保存を訴える活動を始め、展示館がつくられることになったのです。

先生教えて!

第五福竜丸事件をきっかけに核兵器反対の運動が広がった!

Q.どうして戦争中でもないのに、核兵器が使われたの?

A.第2次世界大戦後、アメリカとソ連(現在のロシア)という当時の2大強国は、競いあうように核兵器の開発を始め、実験も盛んに行われるようになった。第五福竜丸が被害にあった太平洋のマーシャル諸島のあたりは、アメリカが実験場にしていた場所なんだ。

Q.そんなところで実験していいんですか?

A.第五福竜丸は、アメリカが定めた危険区域の外にいた。でも、実験に使われた水爆の爆発力は予想外に大きく、広島の原爆の1000倍以上だったというんだ。

Q.ほかに被害にあった人たちはいたの?

A.太平洋上にいた数百の船が被爆したと考えられている。実験場の近くにあるマーシャル諸島の住民たちも被爆し、多くの健康被害が出たんだ。放射能を含んだ雨が日本でも観測されたんだよ。

Q.核兵器って、こわい!

A.第五福竜丸の事件によって、核兵器のこわさをあらためてみんなが知るようになり、核兵器をなくそうという「原水爆禁止運動」が広がったんだ。

しゃかぽん39号 文・秩父啓子 写真・横関一浩

提供:週刊しゃかぽん

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