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《見てきた》7時間の超大作演劇「エンジェルス・イン・アメリカ」

2007年04月03日

 第1部と第2部を通して7時間。そんな超大作の演劇「エンジェルス・イン・アメリカ」が東京・森下の小劇場「ベニサン・ピット」で上演されている。1980年代のニューヨークでエイズに苦しむ人々を描いた米国の傑作戯曲に、決して有名ではないけれど、若くていきのいい俳優たちが挑んだ舞台。疾走感あふれるドラマに、7時間はあっという間だった。(アサヒ・コム編集部)

写真「エンジェルス・イン・アメリカ」の舞台から=TPT提供
写真「エンジェルス・イン・アメリカ」の舞台から=TPT提供
写真「エンジェルス・イン・アメリカ」の舞台から=TPT提供
写真「エンジェルス・イン・アメリカ」の舞台から=TPT提供
写真宮光真理子さん。シカゴ生まれ。米国の大学卒業後、俳優に。レミオロメン「粉雪」のPVが話題となる。4月公開の映画「黄色い涙」(犬童一心監督)に出演

 ●米社会の矛盾、赤裸々に

 「エンジェルス・イン・アメリカ」は90年代初めに発表され、ピュリツァー賞や米演劇界最高の栄誉・トニー賞に輝いた作品。猛威をふるうエイズに運命を狂わされた同性愛者やその家族の絶望と希望が、ユーモアと幻想を交えた詩的な言葉でつづられる。

 何もない舞台に、すさまじいスピードでベッドやバス停の標識、テーブルが運び込まれると、そこが病院や街角、ダイナーに一変する。登場するのは同性愛者であることに苦悩するモルモン教徒の裁判所書記官ジョー(パク・ソヒ)と、薬物中毒の妻ハーパー(宮光真理子)、ジョーを引き立ててワシントンへ栄転させようとする「隠れホモセクシュアル」の大物弁護士ロイ(山本亨)、エイズにむしばまれた青年プライアー(斉藤直樹)と、彼を見捨てて逃げるユダヤ人の恋人ルイス(池下重大)ら。巨大な街で出会い、別れてゆく彼らの日常の向こう側に、政治・宗教・人種問題をめぐり混迷を深めていく米国社会の矛盾が赤裸々に浮かび上がる。

 劇中に流れる80年代のヒット曲や当時ブームだった「ヤッピー」の生態、「赤狩り」で権力をふるった実在の政界の黒幕ロイ・コーンの隠された秘密など、興味深い点は尽きないが、何よりも、舞台上の人々が生々しく感情をぶつけて愛し、傷つけあう姿が心に迫る。俳優の息遣いまでもが伝わる小さな劇場で見ていると、いつのまにか登場人物の友達になり、同じ時間と場所で一緒に生きているかのような錯覚にとらわれる。

 ●日米の共同作業

 上演したのは演劇集団「TPT」(シアタープロジェクト東京)。ブロードウェーやロンドンで活躍する外国人演出家と日本の俳優が組み、ベニサン・ピットを拠点に、次々と話題作を発表してきた。今回も、ブロードウェーで長いキャリアを誇る米国人演出家、ロバート・アラン・アッカーマン氏が演出し、2004年の初演とほぼ同じ出演者たちが、より深みのある演技を見せている。

 作者のトニー・クシュナー氏はニューヨークに住む同性愛者のユダヤ系米国人で、超大国化するなかで自由や寛容の精神を失った米国に警鐘を鳴らす作品を書きつづけている。「9.11」の直前にはアフガニスタンを舞台にした戯曲「ホームバディ/カブール」を書き上げ、最近はテロ事件の報復を実行するイスラエルの諜報(ちょうほう)機関員を描いたスティーブン・スピルバーグ監督の映画「ミュンヘン」の脚本も手がけた。

 ●出演者の思い

 今回の上演でただひとり、新たに出演者に加わった宮光真理子さんは、「あまりの長さに、舞台げいこでは『いったい、いつまで続くのだろう』と不安でしたが、本番が始まると反対に『ずっとここで演じていたい』と思うようになりました。お客様に背中を押されているのだと実感します」と話す。

 オーディションでハーパー役に抜擢(ばってき)され、夫が同性愛者と知って心を病む妻という難しい役どころを演じている。「愛する夫を中心に世界が回っていたのに、ある日それが崩れてしまう。もっと人生経験を積んでから挑戦すべき役かもしれませんが、ハーパーを生きることで私自身が成長できる」

 大先輩の俳優が楽屋で「今日の芝居で新しい発見をしたよ」と、うれしそうに話す姿に感動した。「登場する一人ひとりが象徴的なテーマを抱えていて、メッセージを発している。この作品を体験する前と後では、世界がまったく違って見える。勇気を出して前へ進んでいくことの大切さを教えてくれる作品です」

 ●米国版には名優が集結

 「エンジェルス・イン・アメリカ」は2003年、米国でテレビ映画版が放映され、DVDも発売されている。アル・パチーノ、メリル・ストリープ、エマ・トンプソンら、そうそうたる名優が出演し、「卒業」のマイク・ニコルズ監督が監督・製作総指揮を務めた。

 過去にアル・パチーノやストリープを舞台で演出したこともあるアッカーマン氏は、日本での上演にあたり、スター俳優ではなく、ともにワークショップを積み重ねてきた若手俳優を起用することにこだわった。アッカーマン氏は公演のプログラムに、日本の若い仲間と再び上演できることを喜びつつ、こうつづっている。

 「残念なことに、いまもこの疫病の終わりは見えず、世界にはエイズのない時代を生きたことのない若者があふれています。その事実に驚きと絶望を感じずにはいられません」

 日本でもエイズは深刻な問題だ。厚生労働省エイズ動向委員会によると、2006年の1年間で新たに報告されたエイズウイルス(HIV)感染者は914人、発症したエイズ患者は390人で、ともに過去最多だった。今回の公演に先駆け、エイズについて広く関心を持ってもらおうと、市民団体から観客へ配るコンドームがTPTに届けられたという。

 米テレビ版「エンジェルス」も全6話、計6時間30分の大作だ。4月16、23、30日の深夜にWOWOWでも放映される。TPTの公演は8日まで。

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