レトロなカフェから文化を発信 向島はアートの街2007年04月12日 昭和のムードたっぷりの「鳩の街商店街」(東京都墨田区東向島)に、ちょっと変わったカフェがある。アート&カフェ「こぐま」。昭和2年に建てられた長屋風の木造の古民家を改装した。どこか懐かしく、そしてどこか新しい、そんな空間だ。(アサヒ・コム編集部)
カフェを営むのは、山中正哉さん(43)と柳澤明子さん(42)。演劇パフォーマンス団体「トリのマーク(通称)」の主宰者でもある。昨秋、西東京市(旧保谷市)から移り住んだ。カフェが舞台の演劇公演、お客との街探訪イベント、新進アーティストの作品展……「こぐま」では、常に何かが起きている。 鳩の街は、戦災で焼け出された玉の井遊郭が移転して栄えた街。戦後、下町を好んで歩いた永井荷風が「断腸亭日乗」に記し、吉行淳之介「原色の街」「驟雨(しゅうう)」の舞台のモデルとされる。今も細長い路地に、個性的で古風な構えの店が軒を連ねる。 ◇ ◇ その一角にある「こぐま」は、昨年11月23日に開店した。 元々は薬局としてつくられた建物で、カフェを開く前は古道具屋だったという。壁一面につくり付けの頑丈な薬棚にアート作品を展示し、奥の棚には2人の蔵書でもある古本がぎっしり並ぶ。「この本は販売もしています。値段はそのつど、僕らと相談で」。改装工事は土間だった床に板を張った程度で、昔の面影をとどめるようにした。いすと机は、山中さんの父親が開いていた学習塾で使っていたものだ。 山中さんは「開店費用は100万円もかからなかった。すぐに黒字にはなりませんが、居心地のよいこの街で、できるだけ長く店を続けたい」と語る。 柳澤さんは引っ越してきた当初、迷路のような路地で何度も迷子になったという。「半泣きになっているのを助けてくれたおばあちゃんが、いまはお客さんとして来てくれるんです」と笑う。 開店時間はお昼ごろから午後7時までで、火・水曜は休み。公演やワークショップで留守にするときは、若いボランティアが店を守る。「無理せず、ゆったり」が2人の信条だ。 ◇ ◇ 向島へ移り住んだきっかけは、「トリのマーク」が01年に向島のアートギャラリー「現代美術製作所」と、荒川区の隅田川沿いにある造船所で行った二つの演劇公演だった。準備を通じて下町の人々とのつきあいが生まれ、04年には都立向島百花園、現代美術製作所、古い米屋を改装したギャラリーで連続公演をした。 戦後初めてという百花園での演劇公演は、地元の人々の熱心な後押しで実現した。このとき上演したのは、地元住民の記憶を集め、山中さんが再構成した作品。「百花園の野外公演で、作品の中にコウモリのエピソードが出ると、夕暮れの空に本物のコウモリが飛んだ。忘れられない瞬間です」と山中さんは話す。 2人が91年に旗揚げした「トリのマーク」は、青山の同潤会アパートや三鷹の山本有三記念館といったユニークな場所で公演を行ってきた。ここ数年は向島を中心に下町通いが続いたため、「いっそ引っ越してしまおう」と、2人の意見が一致した。 柳澤さんは「街づくりの運動がとても盛んな地域ですが、残念ながら商店街にはシャッターが閉まっている店も少なくない。住んでみると、空き家も目につきます」と話す。都市論を学ぶ学生や若手アーティストが頻繁に訪れ、実際に住み始める人もいるが、人間関係の濃い下町で、誰もが気楽に暮らせるわけではない。高齢化が進む旧住民と、若い新住民。その中間の世代である2人には、双方の立場と悩みが理解できるという。 「近所の人が声をかけてくれるのを負担に感じるかどうかが、ひとつの分かれ目でしょう」と山中さん。「僕らは最初に地元の人と知り合い、それからここに越してきた。カフェを開くことを心配してくれる人が大勢地元にいて、恵まれていた」 ◇ ◇ 開店からまもなく半年、2人がこのごろ取り組んでいるのは、「下町ブームで、土日はどっと人が増える」(柳澤さん)という向島を、より深く楽しんでもらうことだ。山中さんは街歩きツアーの企画と引率役をつとめ、柳澤さんは昔の鳩の街商店街を記録した写真展の準備を進めている。 景気回復を受け、都内の地価は上昇に転じた。「すみだタワー」建設計画が控える墨田区内では、地上げの動きも目につくようになってきたという。戦災を逃れた街並みも、ここ数年で大きく変わる可能性がある。 演劇という手法と、カフェという拠点。山中さんと柳澤さんは、アートをキーワードに街づくりにかかわっていくことで、向島の路地と、路地の記憶を次の世代に残していきたいと考えている。
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