11時間、ひたすら走って寝る毎日 風間さん2007年06月25日 ◆6月21日 木曜日
ロシア極東地区最大の工業都市・ハバロフスク(人口62万人)から、いよいよシベリアの横断が始まる。市街の西方、レナ川にかかる巨大な橋を渡ると、そこからはもうツンドラとタイガの大原生林。その広さは南北に3500キロ、東西に約7000キロに及び、ここを横断するには、シベリア鉄道(1916年開通)に乗っても1週間を要する。 そこをバイクで1カ月間をかけて走る。とびきりデッカい西の空をめがけ、毎日ひたすら走り続ける旅だ。左右に流れる緑豊かな草原と白樺(しらかば)の原生林、初夏の暖かい日差しを受けて白や黄色、紫、赤、色とりどりの草花が風に揺れていた。だが、そんな天国もつかの間、道はシベリアの名物凸凹のダートになった。車が巻き上げるものすごい埃(ほこり)、避けようにも車は引っ切りなしだから、たちまちバイクも体も埃だらけになった。泣きっ面にハチとはこのことだ。間もなく雨も降り出し地面も体もドロドロになった。 本日の走行350キロ。クイドールという小さな町の保養所に泊めてもらう。
◆6月22日 金曜日
濃い霧に包まれたクイドールの町の朝。国道から30キロも林道を分け入り、行き止まりの谷間に位置するこの町は、町というより黒沢明監督の「七人の侍」に出てくるような雰囲気のある村のたたずまいだ。そんな田舎道で、ふと道を聞こうと声をかけた女性がアッ!と驚くほどの美人だったというのはよくある話である。 朝霧の日はよい天気になる。クイドールの保養所のこれまた美しい女医さんに「運動器の10年」の記念すべき第1号のバッジをロシア語で書いたパンフとともに手渡すことが出来た。女医さんはバッジに託された世界保健機関(WHO)の世界運動の意味を深く理解して「ポルトガルの帰りには必ず立ち寄ってください!」と笑顔で応えてくれた。 再び埃の国道を走る。昨日に比べ雨が降らないだけいい。途中「チタまで1800キロ」という看板があって驚いた。日本では考えられないけた数である。 どこでどう間違えたのか?予定より140キロもオーバー、総走行距離530キロを走ってアムール川とザヤ川の合流地点、中国との国境に位置する「ブラゴレシチェンスキー」の町に夜の9時に着く。
◆6月23日 土曜日 (携帯より)
ブラゴレシチェンスキーで泊まったホテル前から歩いて1分の所にアムール川が流れている。その幅およそ1キロ、向こう岸は中国である。何の気負いもなく外国を見るというのもまれな体験だ。 アムールの岸部から230キロ北西の田舎町、マグダカチにドシャ降りの雨にたたられながらも明るいうちに着いた。(毎日ほとんど夜9時頃着)
◆6月24日 日曜日
いよいよ今日からが今回の最大の山場となる道だ。つまり今まではなかったルートを走る。湿地帯で町や村もほとんどない。ところが数年前に道が出来たと言う情報を得、この計画を立てた。果たしてどうなっているのか?行ってみなければ分からない。 で、その結果は、目的地スコラボロディンの町までは295キロという情報であったが走ってみれば440キロ、ほぼ全線がダート。過酷だった。が、自然は厳しいほど美しい。広大な白樺林、辺り一面のお花畑。走る路面は地獄でも景色は天国。一休みして深呼吸すると体から一気に疲れが抜けていった。 走行11時間。ただただ走っては寝る毎日が続く。 ◇ 風間さんのコラムは、アサヒ・コムの愛車ページでもお読みいただけます。
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