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マル秘「ネックレス作戦」で国境通過 風間さん

2007年07月25日

 ◆7月18日 水曜日

写真遂にやってしまった風間の逮捕の瞬間と思いきや?
写真M17号、れっきとした国道なのにこんな馬車がいっぱい走っている
写真ロシアとウクライナの国境
写真街の中を新婚カップルが幸せそうに披露パレードしていた
写真キエフの街に入ると,途端に凄い人で圧倒されそうになった
写真国境を通過後、辺り一面のひまわり畑の中を走る
写真ウクライナ美人から思いがけない歓迎のパンをいただく(実は友人の奥さん)

 8時30分、ホテルを出発。道はますますよくなってきた。今日はロシアを出国し、第二の訪問国ウクライナ入りする。6月17日にウラジオストクでロシアに入国して以来、1カ月がたった。

 ウクライナとの国境はSUDZHAと言うロシアの片田舎、広大な麦畑が一面に広がる。

 いつもながら国境は緊張する。ロシア側はカラシニコフの自動小銃を抱えた兵隊と、意地の悪そうな出入国管理事務所の役人がいる。彼らには口答えできない。「うるせー」などと強気の発言でもしようものなら「少し牢屋(ろうや)に入っていくか!」となる。そんな時のために、日本からは高級そうに見えるブレスレットやネックレスなどの小物を幾つも持って来ている。そして、こういう場所ではいつもニコニコと満面の笑顔でやり取りをする。あまりの笑い過ぎや引きつった顔もいけない、穏やかな平常心とゆとりありげな顔付きがいい。

 あっさりと1時間あまりで通過する。次は100メートル前方のウクライナのイミグレーション。ウクライナは数年後の欧州連合(EU)への加盟を目指している国だけに、ロシアと西側諸国の間にあっては一種のグレーゾーンであり、日本人への対応はさぞかし優しいと思いきや、意外にもバイクと車の通関手続きの問題でてこずってしまい、使わないはずの「マル秘ネックレス作戦」で、どうにかこうにか「脱出」に成功。こちらは2時間もかかってしまった。

 ウクライナに入ると、アヒルが道を歩き、牛や羊ものんびりと草を食べて、とても穏やかな雰囲気だ。辺りは一面に「ひまわり畑」。午後7時、サムイの町に着く。走行360キロ。

◆7月19日 木曜日

 広大な畑を見ると、ウクライナの土地のが豊かさを感じる。「ヨーロッパで一番の美人」とも言われる女性の服装は派手。また、村はずれや丘の上の墓地で、ロシアでは見られなかった十字架があるのに気づいた。

 プセル川を左に見ながらウクライナの首都キエフを目指す。が、気温がここまで経験のない38度の暑さ。たまらない。交通量も格段に増え、いよいよヨーロッパが近いことをうかがわせる。沿道の物売りがジャガイモや蜂蜜から、麦わら帽子や人形に変わった。サムイから214キロ。ついに高速道路のE40が出現し、これに乗る。ユーロを網の目のように走るこの高速道路を使えば、全ヨーロッパは簡単に旅することが出来るのだ。

 人口300万人。ドニエプル川を中心に挟むウクライナ最大の都市キエフに着く。車と人でごった返す駅周辺。その他、町中のあちこちにすごい人の数である。日本では自然派で通っている私だが、多くの人々と都会の様子に久々に触れて、意外にも安心感を覚えている自分にきづいた。

本日の走行350キロ。キエフはとても美しい街だ。

 ◆7月20日 金曜日

 スピードメーターの積算計は11500キロを示している。よくぞまぁここまで走って来たものである。しかも、1カ月ほぼ毎日連続の走行など、自分でも今まではしたことがない。最初のうちは肩や首筋、腰などが痛くて仕方がなかったが、体が慣れてきた。

 キエフは世界でもまれにみる交通事故多発の都市と聞く。朝の出発時、決して事故を起こしてはならない!と心がけるが、思っていた矢先に前方で事故が起きた。SUV車と乗用車が接触。事故の当事者にだけは二度となりたくない。

 ウクライナではあちこちにマクドナルドがある。久々に食べてみた。味はまぁまぁ。値段はハンバーガー1個が日本円で175円、ビッグマック230円、ポテトはMサイズで75円だった。

 昼下がり、気温は39度。単調なアスファルト走行はひどい眠気に襲われる。スピードはほぼ時速90〜100キロだが、村に入る直前に70〜60キロに制限される。警察官がスピードの取り締まりをやっている時に、対向車がライトをパッシングして警告してくれる。何度も助けられた。ところが夢うつつのある村で、警察官に呼びとめられた。手にはスピード測定器。ついにやっちゃいました。「アイム・フローム・ジャパン!」などと言いつつ相手の顔つきを伺う。笑顔なら無罪、厳しい顔つきなら有罪だ。――相手は「ジャパンか?おれはこの街のトヨタのディーラーの所長もやってる。日本車はいい、最高さ!」ときたからしめたもの。めでたく無罪放免になった。ついでに運動器の10年のバッジをあげようとしたら「いらないよ。バッジならホレッ、もっと大きいのがあるから」と断られてしまった。

走行354キロ。リブネ着。

 ◆7月21日 土曜日

 ロシアとは近年距離を置いているとはいえ、旧ソ連時代の名残は各所にある。街道沿いに展示されていたミグ21戦闘機やソ連製の戦車、そしていまだに使われていそうな屋根を草などでカムフラージュした要塞(ようさい)跡。片田舎の石畳の並木道を古い乗用車に乗った老夫婦が通り過ぎて行く姿は、まるで昔の映画のシーンでも見ているような錯覚に陥る。

 E40・M05を使いリボブの街に向かう。暑くてたまらなり、途中の小さな街でスイカ売りの小屋に寄る。アゼルバイジャン出身だと言う兄弟の店で、なかなかの繁盛ぶりだ。バイクの後ろシートに乗せてあげたらスイカをただで振る舞ってくれた。それを見て、次から次へと人が集まって来た。僕と同じように10年前にバイク事故で右足を負傷し、今も懲りもせずJAWA製(チェコ)のバイクを足代わりにしているという36歳の人にバッジを手渡しながら話を聞いた。脚長差(右足が短い)が出来てしまったが、その治療に6年間を要し、バイクに乗っているとなんでもないが降りて歩くと不自由を感じる……と僕と同じことを言っていた。誰しも自分がそうなってみて初めて、健康な体が一番だと思う。

 夕方、街全体が世界文化遺産(1998年登録)のリボブ(L’VOV)に着いた。街中のすべての道が古い石畳、そして古い建物、その中を実に味のある路面電車が走っている。やはり映画のセットか夢の異次元空間をのぞいているように写る。そんな風にしか見えない自分の感性が情けない。

 本日の走行250キロ。

    ◇

 風間さんのコラムは、アサヒ・コム「愛車ページ」でもお読みいただけます。

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