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さすらいのネコ玉三郎、また旅に

2007年10月30日

 玉三郎は風来坊。白とクリーム色のぶちの猫だ。2年前、校庭に仮設住宅が並ぶ小学校に、腹をすかせてやってきた。どこから来たのか分からない。04年の中越地震で家を失った人が、飼いきれずに置き去りにしたのかも知れない。子どもたちが世話をした。元気になった玉三郎は、また旅に出た。それでも時々、学校に来て、みんなを見守っている。

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玉三郎がいなくなった後、学校で居候を始めたチャママ(左)とチビタマ=川口町の田麦山小学校で

 新潟県川口町立田麦山小学校の用務員、水落千緯子さん(47)は、玉三郎がやってきた日のことを覚えている。

 05年の夏のことだ。

 その前年10月に起きた中越地震で田麦山地区は大きな被害を受けた。小学校の校庭に50棟ほどの仮設住宅が建設され、水落さんもそこで暮らしていた。

 やせこけて背骨が浮き出ていた。首には、かまれたような、大きな傷があり、肉がむき出しになっていた。エサを巡る戦いに敗れたらしい。仮設住宅をうろついてはエサをもらって暮らし始めたが、「気持ち悪い」と嫌がる人もいたという。

 「人なつこい猫なので、誰かに飼われていたはず。地震で家を失った人が飼いきれずに置き去りにしていったのかもしれません」と水落さん。

 「かわいそう」と、声をあげたのが当時の4年生たちだった。

 水落さんの仮設住宅のそばに雨よけの板を立てかけ、「猫当番」が交代で、傷の手当てやエサやりを始めた。いつのまにか「玉三郎」という名がついた。

 冬が近づいてきた。子どもたちは先生にお願いした。「学校で飼ってもいいですか」

 体育館前の玄関に小屋ができた。暖かい毛布も敷かれた。たくさんのエサ。傷薬。カイロやペット用のチョッキまで集まった。

 同時に飼い主さがしも始めた。自分たちで手書きのポスターを作り、地域に配って回った。

 新しい飼い主は見つからなかった。子どもたちは冬休みも交代で、「猫当番」を続けた。

 そんな取り組みが評価され、田麦山小学校は今年9月、日本動物愛護協会から表彰状を受け取った。

 元気になった玉三郎は元の風来坊に戻った。週に1、2回、学校に顔を出し、またどこかへ出かける。この夏あたりからぱったりと来なくなり、みんなを心配させた。

 「でも、生きているようですよ」と水落さん。表彰された時の新聞記事がきっかけで、「うちに出入りしている猫が玉三郎では」と、町内の人から連絡があったのだ。子どもたちからも「見た」という目撃情報が入ってきた。

 体育館の小屋には今、別の2匹が住み着いている。

 「小さい猫がチビタマ、大きい猫がチャママって言うんだ」と6年生の角張浩太君。玉三郎の妻子に違いないと、みんなは信じている。

 田麦山小の児童数は28人。地震前の半分に減った。来春、川口小学校に統合される。玉三郎の世話をしてきた今の6年生6人が最後の卒業生になる。

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