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難病と闘う元Jリーガー・望月さん、体験を一冊に

2008年05月13日

 静岡市清水区出身の元Jリーガー望月重良さん(34)が、難病と闘う自らの体験などをつづった「もう一回蹴(け)りたかった」(ぴあ、1470円)を出版した。日本代表にも選ばれたことのある望月さんは「もう一度サッカーがしたい」という強い思いで病と闘ってきた。そして今、第2のサッカー人生でも挑戦を続けている。(冨森揚介)

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日本代表として活躍していた頃の望月さん=00年10月

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著書を手にする望月さん

 清水FC、清水商高、筑波大を経て96年にプロとなった望月さんは、名古屋グランパスエイトなど六つのJリーグクラブに所属し、07年1月に引退した。97年から01年までは日本代表に選出され、国際Aマッチ14試合に出場。フィリップ・トルシエ監督のもと、00年10月のアジアカップのサウジアラビア戦では決勝ゴールを挙げている。

 国の特定疾患に指定される難病「特発性大腿骨頭壊死(だいたいえし)症」に侵されているとわかったのは05年2月。東京ヴェルディとの契約を間近に控えたメディカルチェックで判明した。

 財団法人「難病医学研究財団・難病情報センター」のホームページによると、足の付け根にある股関節の中の大腿骨頭の骨組織が壊死する病気で、06年度末には1万1千人を超える患者数が確認されている。望月さんは医師から「最悪の場合、歩くことさえできなくなる」と宣告されたという。

 激しい動きをするとズキンと痛みが走り、「ショックで頭の中が真っ白になった」。しかし、「まだ完全燃焼していない。もう一回ピッチに立つ」と現役続行を決意した。「いい医師がいる」と聞けば全国どこへでも駆けつけ、リハビリメニューを黙々とこなし続けた。05年秋には、横浜FCで2年ぶりに公式戦に出場するまでになった。

 しかし、試合出場を果たしたことが引退を決意するきっかけにもなった。「全盛期とくらべると50、60%のプレーしかできない」。ただ、病気が判明した時とは違い、リハビリを乗り越えてピッチに立ったことで、「やりきったと思えた」という。

 「病気になって弱者の気持ちがわかるようになった」と振り返る望月さんは、今回出版した本を通じて「『頑張れば何とかなる』ということを伝えたい」と話す。現在は新聞やテレビでサッカー解説をする傍ら、週に2、3回、東京都内で小学生対象のスクールで指導している。今年2月には、神奈川県相模原市に「SC相模原」を立ち上げるなど、第2のサッカー人生でも駆け回っている。病気と闘う日々はこれからも続くが、「将来はJリーグの監督になりたい」と熱意は現役時代と変わらない。

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