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金刀比羅宮 書院の美−応挙・若冲・岸岱
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円山応挙 まるやま・おうきょ(1733-1795)

  江戸時代の京都画壇を代表する画家。師の手本を見ながら描く伝統的な手法に対し、実物を目の前にして観察しながら描く写生の重要性を唱え、円山派をなした。平明で庶民的な応挙画は、京都の町民層を中心に圧倒的な支持を得、京都の画壇は応挙の画風に染まったと言われる。50代の時に取り組み始めた金刀比羅宮障壁画の制作は、天明7年(1787)と寛政6年(1794)の2度に及んでいる。

遊虎図(水呑みの虎)  1787年

遊虎図

 東、北、西の三方を囲む襖16面に様々な姿態の虎を8頭描いている。空間は奥行きがほとんど表現されず、そのため虎の姿も襖の前面にせり出してくるような印象で、見る者に圧迫感を与える。このうち、東面の川面に顔を寄せて水を飲む虎は「水呑みの虎」、北面の松の下で正面を見据える虎は「八方睨みの虎」として有名。


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