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〈乗り越えていま2〉 生まれて初めてのヒット

2006年06月21日

 4月のある晩。JR日野駅の近くに車を止め、運転席で帰りを待つ母は、娘のいつもと違う様子に気がついた。

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グラウンドでノックを受ける小平南の細見綾香。男子部員にまじり、同じ練習をする

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練習中、泥だらけになった顔が気になる=徳丸篤史撮影

 人ごみのなか、黒革の野球部のバッグをさげて歩いてくる娘は、満面の笑みを浮かべていた。

 後部座席に乗り込む娘にわけを聞くと、もったいぶった。「家に帰ったら教えてあげる」。でも、娘は家までの5分間を我慢できなかった。

 「お母さん、生まれて初めてヒットを打ったの」

    ◇

 この日の練習試合、都小平南の細見綾香(3年)は、試合で初めてのヒットを放った。打球は相手投手の横を抜け、センター前に転がった。細見はいつも練習していたリードの仕方を忘れるほど、一塁上で舞い上がった。

 いつも迷惑をかけている母。朝練のため、4時に起きて朝食と弁当を作ってくれる。ドロドロのユニホームを洗おうとすると、代わってくれる。喜ぶ母の姿を見て、細見は何か返せた気がした。

    ◇

 そんな母を一度だけ、苦しませたことがあった。中学2年生の夏だった。

 「野球をやめたい。けど、やめられない。どうすればいいの」

 家族旅行の長崎で、母とふたりで泊まったホテル。夕食をすませた細見は突然、切り出した。

 思春期を迎え、深まる男子部員との溝。女子野球部員として、全校生徒から浴びる注目。そして、意地。

 母は、娘の気持ちが痛いほどわかった。「あやがやりたいようにやりなさい。途中でくじけたと思われてもいいじゃない」

 それでも、細見の思いは片づかなかった。らちのあかないやりとりを続けたあげく、何時間もベッドで大泣きした。

    ◇

 高校に入っても、何度かくじけそうになった。やはり、男子部員との付き合い方だった。余ったバットを借りようとすると、断られたことがあった。練習をしていても自分だけ一人のような気がした。

 でも、もう母には言えなかった。

 代わりに、1学年上の女子マネジャーが相談に乗ってくれた。「周りと仲良くできないのは、あやにも悪いところがあるんじゃないの」。アドバイスや励まし、もらった手紙は何十通にもなった。一人じゃない。そう思うと、頑張れた。

    ◇

 細見は小学5年のとき、弟の少年野球の練習を見に行き、「楽しそう」と思い加わった。

 学校が終わると、家からグラブを持ち出して同じチームのメンバーと軟球を追いかけた。中学では野球部に入った。男子との体力差が出てきて、短距離走は一人取り残された。それでも厳しい練習は少なく、野球をすることが楽しかった。

 だが、高校1年の夏合宿で、さっそく洗礼を受けた。個人ノックに、体ごとグラウンドにダイブを繰り返した。汗と涙で顔は泥だらけになった。終わると、達成感で泣きながら、ノックしてくれた監督に何度も頭を下げた。始めてから1時間ほどたっていた。

 合宿所に戻り、着替えると、半ズボンから見える脚は赤紫色に変色していた。女子でも、特別扱いはされなかった。

 いまや腕は男子と変わらない太さになった。Lサイズのワイシャツでも腕まくりができなくなった。

    ◇

 日本高野連の規定で、女子の選手は高校野球の公式戦に出られない。夏の大会、試合前に吹奏楽部の奏でる音楽のなかシートノックを受けるのが、細見の夢だった。檀原潤一監督は言う。「30年近くやっていて、こんな意識の強い子は初めて。何でお前は女なんだとさえ思う」

 夏の大会に出られない細見のために檀原監督が用意した引退試合は、雨で流れた。細見はいまも、男子部員にまじり練習を続けている。(敬称略)


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