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育成功労賞に佐野竜一氏 指導38年「人間成長第一」

2006年07月08日

 日本高野連と朝日新聞社が高校野球の育成、発展に貢献した人物を表彰する育成功労賞(昨年までの「イヤー・オブ・ザ・コーチ」)を、飯田市の佐野竜一さん(67)が受賞した。塚原天竜、松川、阿智で監督を務め、65年には塚原天竜を選抜大会出場に導いた。

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佐野竜一さん=飯田市で

 今春、監督を務める「飯田リトルシニア」の選手たちと選抜大会を見に行った。アルプススタンドからベンチで指揮を執る監督を見て、41年前の光景がよみがえった。自分があのベンチにいたことを「まるで夢を見ているようだった」と振り返る。

 阿智高校では遊撃手として活躍。明治大学に進学し野球部に入った。しかし、名門校から来た仲間とのレベルの違いに圧倒された。大学3年の時、島岡吉郎監督(故人)から新入生を指導する学生監督を命じられた。

 61年に卒業。塚原天竜に教員採用され、野球部監督に。「生涯の師」と仰ぐ島岡監督から「世の中には監督をやりたい人が山ほどいる。常に感謝の気持ちを持ってやるように」と送り出された。

 選抜大会出場のほか、66、67年の選手権長野大会では2年連続で決勝進出。多い時には100人近くの部員がいた。

 指導のモットーは「人間としての成長が一番」。選手にはボランティアなども取り組ませた。塚原天竜はその後、天竜光洋に改称し、85年には公立の松川として開校した。阿智へ転勤になった後、99年に退職した。

 卒業生は、仕事や学業の合間を縫って後輩の指導に来てくれた。「厳しい指導に『二度と会わない』と思って卒業する、と後から聞きます。それでも人が寄りついてくれるのが高校野球の魅力」と語る。

 飯田リトルシニアの監督は04年から。自分たちのグラウンドがあるわけではないが、「この中から甲子園に行ってくれれば」とまた夢ができた。

 自宅近くの県営飯田野球場からもうすぐ歓声が聞こえてくる。「高校野球はとにかく一生懸命やること。その姿勢がファンを一人ずつ増やしていく」とエールを送る。

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