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京都ニュース

主将になり見えた仲間 府立工・高雄徹也君

2007年07月25日

 あと3人だった。

写真力投する高雄徹也君=西京極球場

 1点リードで迎えた9回、府立工の高雄徹也君はマウンドで疲れを感じなかった。「逆転してくれた仲間のためにも、絶対に抑えてやる」。エースで主将でもある自分がしっかりしなければと、奮い立たせた。

 しかし、強気に内角へ投じたスライダーと直球が先頭打者と次打者への死球に。1死二、三塁で平安の4番打者、関本憲太郎君に、外角に外した初球のボール球を左前にはじき返された。

 捕手の植村純哉君は「あれは打たれると思っていなかった。打者を褒めるしかない」。高雄君は「自分の責任です」とベンチで号泣した。

 以前は周囲を考える余裕がない選手だった。昨年の夏の大会の初戦。3年のエースを温存して高雄君が登板したが、1―3で敗れた。試合後、投球について守本尚史監督に聞くと、「3年が投げられなかったことをもっと考えろ」と言われた。

 主将になって変わった。チームを率いる責任を感じた。投球の出来が悪かった練習試合の後、倒れるまで自主的に走ったこともあった。監督に「勝負弱い」と言われていたチームは高雄君を中心にまとまり、春季府大会では4強と躍進した。

 この夏の京都大会の組み合わせが決まった時、「平安まで必ず勝ち、そして勝とう」と励まし合った。20日の同志社戦では7点差をはね返した。

 この日の試合後、植村君は「僕はどんなことがあっても高雄を信じ、彼にかけました」と話す。守本監督は「責任感の強さが、マウンドで重圧を与えたかも知れない」と語った。


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