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「チームのため声出す」19番目のベンチメンバー・小笠原学くん(青森山田)

2008年08月02日

<青森代表 青森山田>

写真甲子園のベンチに座った小笠原学くん

 甲子園でベンチ入りする選手は18人だが、もう1人、背番号のない部員もベンチ入りする。青森山田で、青森大会から記録員を務める小笠原学くん(3年)。

 山形県上山市出身。父博さん(53)は東海大山形で空手を教え、実家も30人ほどが通う空手道場だ。小笠原くんも、実家の道場を継ぐつもりだった。

 転機は小6の時。人数不足に悩む野球部のキャプテンから声がかかった。

 「野球、やんない?」

 プロ野球の清原和博選手にあこがれていた。

 「いいよ!」。ルールはわからなかったが、打席に立てば、ヒットを打てた。

 「野球、いいかも」

 本格的に野球を始めたい。そう思い、青森山田中に進学した。初めのころは「送りバント」の意味もわからず、監督やコーチに怒られた。同級生の長谷川秀輝主将や斎藤樹伸くんに、一からルールを教わったという。

 中2の夏、右肩を痛めた。ボールを投げると、痛みが出る。高校に進学しても痛みは引かなかった。試合にも3回ほどしか出られなかった。練習も中途半端となり、イライラする気持ちがたまった。

 母の多賀子さん(43)に電話をかけた。

 「野球、辞めようかな」

 「ここで辞めないで。せっかく青森で、いろんな経験ができるんだから」

 チームのためにできること、支えられることは何だろう。高2の夏、決意した。「マネジャーやります」

 打席に立つ選手に「センター狙え! 低い打球だ!」と練習のときのことを思い出すよう声をかける。「できるだけバッターが楽な状態で打席にたてるよう、甲子園でも声をかけていきたい」

 <19番目のメンバー>も燃えている。


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