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指導32年、育成功労賞に 東奥義塾・阿保元監督

2010年06月18日

 日本高野連と朝日新聞社が高校野球の育成と発展を支えた指導者に贈る今年の「育成功労賞」49人に、県内から東奥義塾元監督の阿保清忠さん(67)が選ばれた。32年間の指導で同校を2度の甲子園出場に導くなど、高い実績が評価された。阿保さんは「大したことをしたつもりはなかったが、こんな賞がもらえてうれしい」と喜ぶ。(藤原慎一)

写真東奥義塾のユニホームに久しぶりに袖を通すと、表情が引き締まった=弘前市の自宅

 阿保さん自身も東奥義塾出身。東京の国学院大学に進み、肩の強さと足の速さを買われて外野手としてプレーしたが、視力の悪化で、裸眼では球が追いづらくなった。当時はメガネもコンタクトレンズも今ほど安価でいい製品はなかった。

 「このまま選手を続けられない」。そう感じていた大学4年の時、母校から「後輩を教えてほしい」と声がかかり、指導者の道を決意した。

 高校に戻って監督に就任したての1967年、夏の全国大会に出場、甲子園でも8強入りを果たした。その後も県大会で常に上位に進出、81年に再び甲子園の土を踏んだ。

 指導は厳しかった。日が暮れるまでノックをし、ほとんど選手をほめなかった。でも本音は少し違う。「ほめたかったんだけど、うまく言葉が出てこなくて」とはにかむ。

 「高校野球は人間形成の場」と話す。自分の道具を粗末に扱う選手は試合に出さなかった。バッティングを教えてもらいたいと寄ってきた生徒の手を見てマメが出来ていなければ、「まず素振りをしなさい」と諭した。「自分で考えて努力することの大切さを伝えてきたつもりです」

 青山祐治副知事も教え子の一人。受賞が決まった日、お祝いの電話をもらった。「教え子たちが社会で活躍しているのがうれしい」と目を細める。

 今は弘前市の自宅でリンゴや野菜を育てながら妻と義母の3人で悠々自適の生活を送る。夏になると青森大会でラジオ放送の解説をするため、毎年球場に通う。「今年はどんな試合が見られるのか、今から楽しみです」


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