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第93回全国高校野球選手権大会

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名将・大悟法さん悼む声「絵に描いたような監督」 大分

2011年9月1日0時44分

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 高校野球の柳ケ浦、明豊などで監督を務めた大悟法(だいごぼう)久志さん(64)が29日、呼吸不全で亡くなった。春夏通算9回の甲子園出場を果たした「名将」の突然の逝去に大分県内の野球関係者は驚き、かつ惜しんだ。

 大悟法さんは1969年に柳ケ浦の監督に就任、94年には夏の甲子園で同校をベスト4に導いた。

 現柳ケ浦監督の藤久保茂己さん(61)は1972〜98年まで監督、部長などで大悟法さんと二人三脚で野球部を作り上げた。甲子園に初出場を果たす76年までは「とにかく練習が厳しかった」。大分商や津久見など県立優勢の壁を破ろうと朝から晩まで猛練習し、寮生活の部員が全員逃げ出したこともあったという。「今の柳ケ浦の基礎を築いた。もっと色んな話をしたかった」と語った。

 98年には明豊に移り、2009年夏の甲子園では今宮健太選手(現ソフトバンク)を擁してベスト8入りを果たした。現明豊監督の和田正さん(61)は、東海大時代に柳ケ浦で学生コーチをしていて大悟法さんと出会った。「プレーは基本に忠実で、精神面も徹底的に鍛える。何事にも妥協はせず、まさに絵に描いたような高校野球の監督だった」と振り返った。

 大悟法さんに誘われ、2006年から別府大の監督になり、昨年から明豊を率いて今夏は甲子園に出場した。「野球を通じて人間形成をする理想の姿を教わった。これからも子どもたちに伝えたい」と話した。(丹治翔)

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