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第93回全国高校野球選手権大会

地方ニュース

0―122の贈り物 青森・深浦の元選手ら、PVに出演

2011年8月31日0時32分

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 1998年夏の全国高校野球選手権青森大会で0―122の大敗を喫した深浦(現木造深浦)。当時の部員をプロモーションビデオ(PV)に起用したCD「toy box」が、31日に発売される。これを記念したイベントが30日、深浦町の同校であった。この曲を若旦那とともに歌うJAY’EDも駆けつけ、生徒たちに夢をあきらめないことの大切さを語った。

 イベントには同校の全校生徒70人のほか、町民も参加。当時の主将だった角谷宗一さん(30)らを招いて、試合を振り返った。

 司会を務めたのは、98年の試合を機に同校や深浦町を取材し続けているジャーナリストの川井龍介さん。「中途半端な試合をせず、最後までやり抜いて徹底的に負けたからこういう縁がつながったと思う」と述べた。

 イベントの中盤ではJAY’EDが壇上に上がった。歌手の夢をあきらめて就職活動をしていた時期があったことを明かし、「自分に正直でいたいと地道に頑張ってきたからこそ今があると思う」と話した。

 「toy box」のほかに2曲を歌い、会場に詰めかけた生徒や町民らをわかせた。野球部の小山祐太朗君(2年)は「0―122の試合に、あきらめないことの大切さを教えてもらいました」と話し、来夏の活躍を誓った。

     ◇

 深浦が東奥義塾に0―122で敗れた試合は、全国の高校野球ファンがいまでも覚えている。

 青森市の県営球場のスコアボードには、2ケタの点数が並んだ。7回コールドで失点は122に達した。部員10人の深浦はノーヒット・ノーランに抑えられた。東奥義塾は打者149人が7本塁打を含む86安打を放ち、78盗塁を奪った。3時間47分に及んだ試合は、いまも全国の最多得点試合記録となっている。

 主将だった角谷さんは「あの試合ではじめてホームランを見た」と振り返る。当時3年生は角谷さんを含む2人だけ。6人いた1年生のほとんどは4月に入学するまで野球をやったことがなかった。

 1年生だった佐藤拓人さん(28)も、二塁を守りながら暑さでふらふらになっていた。「不名誉な記録を作ってしまって、後輩たちには申し訳ないなと思う」。当時の部員にとって、「0―122」は苦い思い出だ。たまに部員同士で顔を合わせても、話題にすることはほとんどない。

 それから13年。最後まであきらめなかった選手たちと、JAY’EDらが歌う曲の「夢を思い出すこと」というテーマが重なった。レコード会社は「苦い記憶だったとしても、夢を思い出すことは、きっといまの力になる」と、当時の部で連絡が取れた角谷さんら6人をPVに起用した。

 PVには、社会人として働く当時の部員の姿も映っている。深浦町の「アオーネ白神十二湖」で働く佐藤さんは「大敗だったけど、投げ出さずに最後まで続けたから、PVの話が来たのかも」と話した。角谷さんは「『こういうひどい負け方をしないように練習を頑張ろう』とか、反面教師にしてもらって構いません」と笑った。二人はPV出演を機に、0―122の試合をはじめてゆっくりと思い返したという。「あんな試合でも、誰かの力になればうれしい」

 曲を歌うJAY’EDは「このPVを見て、いまの子どもたちにあきらめない気持ちを持ってもらえたらうれしい」と言う。(藤原慎一)

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