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バーチャル高校野球

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期待される喜び、野球で芽生えた プロレスラー棚橋さん

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 ■プロレスラー 棚橋弘至さん

 第98回全国高校野球選手権岐阜大会が9日に開幕する。岐阜県大垣市出身のプロレスラー、棚橋弘至さん(39)は約20年前、県立大垣西高校で白球をがむしゃらに追いかける球児だった。大学からプロレスの道に進み、今やリングのスターに。「野球もプロレスも、期待に応えたいからがんばれる」

 本格的に野球を始めたのは小学5年生です。実家の裏にある寺の境内が広くて、それまでは地元の友達と遊びでやっていました。みんな中日ドラゴンズファンで、じいちゃんとよくナゴヤ球場に行って観戦しました。ピッチャーの郭源治や小松辰雄ら速球派に憧れていました。

 将来の夢はもちろんプロ野球選手でした。近くに大きい堤防があって、いつかドラゴンズのバスが通ってぼくの素振りを見てくれたスカウトが来てくれると、本気で思っていました。そんなことはなかったですけど(笑)。

 大垣西高校の野球部に入るまで、守備位置はずっとライトでした。だから高校ではどうしてもピッチャーがやりたくて。すごい怖い監督だったんですけど、震えながら「監督、ピッチャーやりたいです」と言うと、特にポジションも決まってなかったんで、やらせてもらえて。ピッチャーだけの特別メニューができたのが楽しかったです。

 ただ、めちゃめちゃ走らされましたね。すごくきつかった。50メートル走を1日100本やっていました。ランニングを含めると約2時間半かかった。さらに練習後も近くのジムに毎日行ってベンチプレスをして、とにかく腕を太くしていました。筋肉をつければ、球が速くなると思っていた。自分からピッチャーをやりたいと言ったので、どれだけつらくても人の倍以上やらなきゃと思っていました。

 失敗のエピソードは山ほどあります。守備でトリックプレーのサインに気づかず、ど真ん中に投げて打たれたこともあります。バントのサインも無視して打っちゃったりして。チームプレーが苦手なんですかね。

 試合で一番覚えているのは、夏の最後の大会での大垣日大戦。七回裏のツーアウトまで、8―0で勝っていた。あと1点でコールド勝ちだった。でもそこから逆転されて8―10で負けたんです。ぼくが最後のバッターでした。一塁にランナーがいて2点差だったんで、ホームランしか考えていなかった。右打者で左中間に引っ張ろうとして、顔はレフトスタンドを向いていたんですけど、打球はセカンドゴロでした。

 終わった瞬間はとにかく悔しかった。本来だったら継投で勝てたはずなのに、エースと2番手ピッチャーのぼくとの差がありすぎて投げることはなく、外野で守ってました。もっと監督から信頼されていれば、継投でいけたんじゃないかって。自分の実力不足が情けなかった。

 そこから、とにかく「人に期待されたい」という気持ちが芽生えました。応援されるとか、期待されることはぼくにとって喜びなんです。振り返ると、チームメートたちの期待に応えるために練習していたんだなって思う。

 それはプロレスも一緒なんです。観客席から「棚橋コール」が起こると、リングで倒れていても立ち上がる。そのためには猛練習もする。野球もプロレスもそうなんですけど、自分のためにがんばるというよりは、人のために何かしたいという時の方が練習にも力が入るし、がんばれる。それは基本的に同じことだと思います。

 プロ野球選手になれないなら、スポーツを扱う新聞記者になりたいと思い、立命館大学に入りました。そこでプロレス同好会に誘われたことが始まりでした。ぼくの場合は野球で培った体力で勉強もできたり、鍛えた筋力がプロレスラーへの近道であったりしたんです。

 プロレスでも、一流の人は周りへの感謝がすごい。一人じゃスターになれないんです。プロレスラーは相手がいて、リングがあって、スタッフがいて、ファンがいて、というのを知っている。野球だと、相手チームにも、球場にも、監督にも、控え選手にも、感謝できる選手は超一流だなと思う。

 ぼくが一番感謝しているのは、かあちゃんですね。野球部のユニホームって毎日泥だらけになるんですよ。でも、3年間、いつも真っ白になっていた。洗濯機で落ちない部分を手洗いしてくれたんだと思うと、ほんとうに感謝しています。

 今も高校野球をテレビで見ます。いつも思うけど、みんな大人っぽく見える。甲子園まで出てくるような選手は、ものすごい努力を費やした時間が顔に出ている。透けて見えるんでしょうね、努力が。生き方が顔に出ます。

 結果よりも、頂点をめざしてきた3年間の過程が何よりも大事だと思います。体力も、チームワークも、感謝の気持ちも、礼儀作法も、練習してきたことは今も残っているんですよ。

 高校野球は負けたら終わり。でもそこが一番の魅力でもあるんです。もちろん甲子園で優勝できたら一番いいけど、優勝する1校以外は悔いが残ると思う。だからこそ、「楽しんで」「全力で」と言いたい。

 泣いている選手を見ても、将来すごい人間になっていくなって思います。野球が好きで、努力してきたんだから。とにかく最後まで全力でやってほしい。野球をしてきた経験は、みんなの財産になっているんだから。(聞き手・室田賢)

     ◇

 たなはし・ひろし 1976年11月生まれ。野球は高校3年までの8年間続けた。大学在学中の98年2月、新日本プロレスの入門テストに合格。卒業後の99年に入門した。2003年に初代U―30王者、14年に第61代IWGPヘビー級王者に。新日本プロレスの全国興行「G1 CLIMAX 26」が18日に始まり、30日に名古屋市の愛知県体育館で、31日に岐阜市の岐阜産業会館で開催される。

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