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バーチャル高校野球

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(あの夏)徳島商×魚津1 36個並んだ「0」

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2017年1月10日09時36分

 ■1958年 準々決勝

 1958(昭和33)年は、日本野球界にとってエポックメイキングな年となった。

 東京六大学のスター、長嶋茂雄が立教大から巨人に入団し、プロ野球は国民的娯楽への道を歩み始める。

 高校野球は春の選抜大会が第30回、夏の選手権大会は第40回の節目を迎えた。夏には米国統治下の沖縄を含む47都道府県の代表校が初めて甲子園にそろった。前年は23校だから2倍以上の規模になる。

 8月8日の朝日新聞夕刊が開会式の様子を大々的に伝えている。「よくぞそろった。東から西から、南から北から、遠く沖縄も加えた全国各都道府県の代表47校。(中略)この日の甲子園は高校野球史上例のない豪華絵巻をくりひろげ、文字通り日本の縮図をえがき出した」

 王貞治の早稲田実は、東京大会の決勝で敗退。入学以来ずっと甲子園に出ていたが、最後の夏だけ涙をのんだ。

 代わって主役に躍り出たのが徳島商の板東英二だ。1大会83奪三振は、今も大会記録として輝く。準々決勝では史上初の延長18回引き分け再試合の熱戦を演じた。魚津の村椿輝雄とともに「0」を36個並べた壮絶な投げ合いだ。

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