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バーチャル高校野球

第99回全国高校野球選手権大会

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度重なる被災、めげずに前を向く監督〈高校野球アイ〉

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 岩手県久慈市。NHKの連続ドラマ「あまちゃん」の舞台になったこの街は、昨年8月、台風10号による水害にあった。

 「グラウンドわきの用水路があふれたんです。このくらいまで水につかって」。久慈高野球部の佐々木雄洋監督(36)が指で示した位置は、地面から70センチほどの高さだった。「1カ月半ほどグラウンドが使えなくて。正直、思いましたよ。またか、って」

 またか。佐々木監督が自然の脅威にさらされたのは、あのとき以来だった。2011年。同じ沿岸部の大槌高に勤務し、野球部も指導していた。3月11日。就職の話し合いで釜石市内の企業を訪れ、その帰路、激しい揺れに襲われる。

 道すがらの海沿いにあるショッピングセンターには、津波を見ようとしたのか、多くの人が集まっていた。自宅に戻るか、それとも学校に行くか。後者を選択し、高台にある大槌高に着いた。生徒の点呼を終えて、まもなく。街は黒い波にのみ込まれた。

 「僕、3カ月謹慎したことがあるんです。体罰で」。2008年、大槌高に赴任して1年目に、佐々木監督は日本学生野球協会から処分を受けた。体罰をやめるため、心に決めたのは兄として接することだった。そして、震災。「家族を亡くした生徒もいました。兄じゃだめだ、親にならないと、と」

 避難所でもあった高校では四六時中、生徒と一緒だった。当然、絆は深まる。2012年の夏、大槌高は岩手で8強入り。翌年、久慈へ転勤になった。「地区の進学校なんで、提出物とか多いんです。それでガミガミいうこともあって。大槌の子は生きるのも大変だったのに、おまえたちはもっと頑張れるんじゃないか、と思って」。生徒との距離ができていた。

 このままじゃいけない。解決策として考えたのは、やはり、「父」であることだった。2014年の冬。部員たちを1人ずつ、自宅に招き、泊めた。食事をつくり、腹を割って話す。2015年は春の県大会、夏の岩手大会でともに8強。そしてこの春は、決勝まで進んだ。盛岡大付に2―13で敗れたものの、岩手の頂点が意識できるところまできた。

 実生活では震災後に結婚し、1歳10カ月の長男にも恵まれた。「僕にとって、甲子園へのチャンスは何回かあるかもしれない。でも、生徒には今しかない。グラウンドが水につかったくらい、それを生かすくらいにならないと」。父として、ちょっと大きな息子、娘たちと、少しでも長い夏を過ごしたい。そう願っている。(山下弘展)

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