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バーチャル高校野球

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(あの夏)早稲田実×駒大苫小牧1 斎藤「ボール、思うように操れた」

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 ■2006年・決勝

 スコアボードの表示に、甲子園が地鳴りのようなどよめきに包まれた。「147km」。延長十五回表2死、早稲田実(西東京)の斎藤が、駒大苫小牧(南北海道)の4番本間篤に投げた初球。身長176センチ、体重70キロの細身に残っていた力をはき出した。

 「延長では気持ちが折れそうになるのを必死にこらえていた。最後は点を取られたくない本能というか。全部出しちゃえって」と斎藤。その後も140キロ台後半を3球投げた。6球目、フォークで空振り三振。負けはなくなった。

 2006年8月20日。「世代最強投手」と言われた田中を擁し、大会前から優勝候補の呼び声が高かった駒大苫小牧が決勝で迎えたのは、夏は10年ぶりの早実だった。

 この一戦。駒大苫小牧の選手は球場の雰囲気が違ったと振り返る。04年、雪国のハンディがあると言われていた北海道勢として初めて深紅の大優勝旗を持ち帰った。翌年、57年ぶりの連覇。そして史上2校目の3連覇へ……。常に大きな声援を受けてきた。

 だが相手は、1915年の第1回大会にも出場し、初優勝を狙う伝統校。しかも、青いハンカチで汗を押さえて端正な顔を崩さずに投げ、一躍人気者となった斎藤がいた。センターを守っていた本間篤は回想する。「うちのベンチの上とアルプスぐらいであとは早実の応援に思えた。みんな肩を組んで外野まで揺れていた気がした」