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バーチャル高校野球

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思い出の試合は? 渡辺×西谷・名将対談

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 ■横浜・渡辺前監督×大阪桐蔭・西谷監督 名将対談(1)

 甲子園で春夏計5度の優勝を誇る渡辺元智(もとのり)・前横浜監督(73)と西谷浩一・大阪桐蔭監督(48)。2人の名将に、高校野球について語り合ってもらった。1回目のテーマは、「思い出の試合」。ともに、夏の優勝につながった試合を挙げた。

 ――思い出深い試合は何でしょう?

 渡辺 愛甲世代の1980(昭和55)年、準決勝の天理戦が、私の指導者としての分水嶺(ぶんすいれい)になった。鮮明に覚えているのは、ものすごい雨の中での戦い。途中で中断もあり、七回で終わるかもしれないという状態だった。

 試合再開して七回表に1点を先取され、その裏は下位打線。これはダメだと思ったら、8番の沼沢が同点適時打を放った。さらに9番宍倉が右中間へ勝ち越しの三塁打。絶体絶命のピンチを打てない打者が救った。

 沼沢にアドバイスした言葉が今も生きている。「1割バッターはバットを振らないから打てないんだ。結果はいい。1球目から振っていけ」。選手を信頼して初めて言葉にした。

 2死から1番足が遅い吉岡が出塁し、盗塁のサインを出し、四球で一、二塁から沼沢にタイムリーが出た。

 ――中心選手でない選手が活躍したのですね。

 渡辺 最近は西谷さんの大阪桐蔭が脇役の活躍でよく勝つでしょ。思い出しますね。選手を信頼しないといけませんね。

 西谷監督 小学校の時に見てました。

 私のベストゲームは2008年夏の甲子園の準決勝の横浜戦。横浜というのは私たちにとって特別な学校。06年に1度やって勢いで勝ったが、この試合は全員野球で何とか競り勝った。私自身も自信がついた。それまでの甲子園は、うちが負けたチームがすべて日本一になられた。今度は横浜に勝って、自分たちが日本一になれた。

 初対戦のとき、スクイズのサインを出そうと思ったら、相手ベンチで渡辺先生と部長の小倉清一郎先生がサインを出された覚えがある。見破られた、と思い、ぼくがすぐに取り消したら、それはダミーだったようで、何もなかった。

 08年はスクイズを決められて、これで勝てるんじゃないかと思った。

 渡辺 よく覚えている。試合前に待機しているときから雰囲気が違う。えらい監督が現れたな、と思った。ぼくらは人を見ることから始まる。作戦の前に、人となりを見る。ちょっと前の箕島・尾藤公さん、智弁和歌山・高嶋仁さんのような素晴らしい監督が誕生するなと思った。お互い火花を散らすんですが、動じない。スクイズも警戒していた。4点目だったかな(実際は6点目)。やられたな、と思いましたけどね。

 西谷 ここで子どもたちも自信をつけた。

 ――中田翔選手が卒業し、例年より目立った選手がいない世代だった。

 西谷 結果的には浅村栄斗(現西武)が活躍したが、前年秋の大阪府大会ではPL学園にコールド負け。そこから冬の練習でたたき上げた。夏の大阪大会も打てないチームだった。(司会・構成=編集委員・安藤嘉浩)