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九州勢、神がかりの快進撃だった07年 元球児が回想

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 2007年夏、九州勢は神がかっていた。8強に佐賀北、長崎日大、楊志館(大分)の3校が進出。頂点に駆け上がったのは「普通の高校生」たちだった。あの夏の元球児たちに振り返ってもらった。

 ■元佐賀北マネジャー・真崎貴史さん(29)

 決勝の副島浩史の逆転満塁弾は打った瞬間、入ったとわかりました。記録員としてベンチでスコアに本塁打を記入しようとしたら、手が震えていました。定規を使ったのに線はがたがたで、得点を示す「○」もゆがんだ。本塁打が出るなんて誰も思っていなかった。

 新チームは秋の県大会で初戦負け。百崎敏克監督(当時)に言われて、ひと冬走って追い込んだのに、春も3回戦敗退。先生のやり方に不満を持つ部員もいた。でも主将の市丸大介が「先生を信じてやっていくしかないじゃないか」と言って、まとまりました。その後の大会で優勝し、勢いに乗って夏の県大会でも優勝しました。

 甲子園では抽選会で開幕戦を引き、鳥肌が立ちました。1994年に全国制覇した佐賀商も開幕戦だったので。そこで福井商に勝ち、「甲子園で北高の校歌を初めて流す」という目標を達成できました。

 でも気持ちは切れなかった。試合後、いつも吉冨寿泰部長(当時)が「満足したら終わり」と言っていたので。だから僕たちも「満足しない、満足しない」って言い聞かせていました(笑)。

 2回戦の宇治山田商戦は初めて延長15回を戦い切り、再試合。前年の決勝(早稲田実対駒大苫小牧)と「同じことをしているんだ」と不思議な気持ちになりました。150キロ近い直球も初めてでしたが、事前にマシンで対策。試合で1番打者がファウルを打ち、ベンチで「あたるやん」と盛り上がりました。再試合でもカンカンカンって打てた。

 3回戦の前橋商戦は、スクイズなど佐賀北らしい形で勝てた。甲子園の雰囲気にも慣れ、自信を深めました。次の帝京も強敵でしたが、向こうを慌てさせて延長サヨナラ勝ち。

 そして準決勝で長崎日大に勝って、いよいよ決勝。広陵には七回に追加点を取られたが2点でしのぎ、ずるずるといかなかった。投手の久保貴大も野手陣も辛抱強く粘ったので、最後にああいうことが起こせたんだと思います。

 ただ、今振り返っても普通の高校生で、優勝する力なんてなかった。自分たちの力だけではない「何か」があったとは思うんですが、よくわからない。それを追い求めながら指導し、経験を子どもたちに還元していきたい。

 今、監督としては力不足を感じる日々です。それでも、久保が佐賀北、副島が唐津工で指導者になり、刺激になっています。一緒に佐賀を盛り上げていければと思っています。(黒田健朗)

     ◇

 1989年生まれ、佐賀市出身。進学した東京学芸大では外野手として活躍し、東京新大学野球連盟のリーグでベストナイン。昨春から杵島商(佐賀県大町町)に赴任し、秋から監督。

 ■元楊志館(大分)エース・甲斐大樹さん(28)

 小学2年で野球を始めて、中学生のころはテレビでずっと甲子園の試合を見ていました。野球をやっている子どもはみんな甲子園をめざします。昔から憧れは強かったです。

 エースとして甲子園に行くチャンスは2回ありました。2年の秋、選抜大会につながる九州大会出場をかけて、県大会に出場しました。でも緊張でガチガチになって、救援でマウンドに立った試合で点を取られて負けてしまった。みんなで甲子園に行く貴重なチャンスを自分が潰したと落ち込みました。だから、余計に最後の夏にかける思いは強くなりました。

 マネジャーのあっこ(大崎耀子(あきこ)さん)の存在も大きかったです。甲子園出場の翌年に17歳で亡くなりましたが、07年夏の県大会前に彼女ががんだと知らされていました。他にも練習中に打球が当たって大けがをした選手もいた。だからこそ、「みんなで甲子園に行こう」という気持ちは本当に強くなり、チームが一つになりました。

 それまでは、自分のための野球でした。有名になりたいとか、自分が活躍して勝ちたいとか。でも、最後の夏、初めて自分のためという気持ちがなくなった。「みんなのためのピッチングをして勝ちたい」。そう思えたのがよかったし、支えにもなりました。

 全く結果を出せていなかったチームだったので、県大会はノーシード。緊張はしなかった。秋の県大会とは、マウンドに立つ気持ちが驚くほど違いました。甲子園という目標があったからこそできた成長です。

 甲子園で最初に対戦した高知は、その年の選抜大会にも出場した強豪。でも、憧れの甲子園でみんなと試合をできることがうれしかったし、楽しくて仕方なかった。だから、集中することができました。

 試合は二回に4点を取って一気に波に乗った。挑戦者の気持ちで迎えた試合だったので、正直予想していない展開でした。

 甲子園で面白いのは「一発勝負」のところ。球児たちがそこにかけている気持ちが全部出る。言葉にするのは難しいけれど、甲子園で勝つのに必要なのは強さだけじゃない。見ている人は、そこにひきつけられるんじゃないでしょうか。

 自分たちは本当に、夏の県大会までは勝てないチームでした。でも、県大会や全国大会では、チームメートのみんなが自分以外の誰かのために頑張っていた。強い気持ちを力に変えてくれる独特の雰囲気が甲子園にはある。それがベスト8にもつながった。あの球場が力を出させてくれたんだと思っています。(前田朱莉亜)

     ◇

 1990年生まれ、大分市出身。楊志館3年の2007年、ノーシードから県大会を勝ち抜き、初出場の甲子園で8強入り。弟は福岡ソフトバンクホークスの甲斐拓也捕手。