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甲子園 夢トーク

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「重圧超え無心になれた最後の夏」清原さん―対談(3)

2008年04月22日



 清原 最後の夏はプレッシャーを超越して、無心になれた気がする。2年夏、3年春と負けて、いよいよ最後の夏しかない。勝たないといけないというより、悔いが残らないよう、練習もやり残したことはないという状況まで追い込んだ。もしも3年の春に優勝していたら、夏は負けていたかも分からない。

写真清原和博さん(PL学園)

 松井 僕らも、3年のときのチーム力は結構高かったと思います。春の選抜大会でベスト8。もちろん、最後の夏の目標は、全国制覇でした。

 清原 あの明徳義塾戦の5打席連続敬遠はテレビで見ました。ある程度、予測はできたかな。僕が恵まれていたのは他のバッターが良かったところ。松井がああやって敬遠されるというのは、ほかの選手と比較して、あまりにも違い過ぎた。勝負しないのも、ある意味では当然のことだな、と思った。

 松井 結果的に、あれで有名にしてもらったわけですから、今は感謝していますよ。もちろん、あの時は悔しかった。5回の第3打席、1死一塁でも勝負してこなかった時点で、「ああ、そういうことなんだな」と覚悟を決めましたね。走者なしの第4打席もストライクは来なかった。

 清原 勝つための作戦の一つだけど、高校生だから賛否両論あるでしょう。高校野球の精神にのっとって言えば、ちょっと違うんじゃないか。

 松井 もちろん、全打席、すべての球、打てる準備はしていました。ただ、自分の形を崩してまで、ボール球を打ちにいく考えはなかったですね。キヨさんたちのPLだったら、あの作戦は通用しなかったでしょう。そういう意味で、我々のチームは甘い面があったかもしれない。北陸という土地柄からか、山下智茂監督の性格なのか。でも、それが自分たちの野球だし、急には変えられない。だから、後悔はしてません。




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