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定年後も母校で野球指導 成瀬さんに育成功労賞 岐阜2012年6月12日0時43分 高校野球の発展に貢献した指導者に日本高野連と朝日新聞社が贈る「育成功労賞」に11日、岐阜県内から成瀬一彦さん(70)が選ばれた。県内の3校で計24年間、野球部の監督を務め、定年退職後も母校で指導する。高校野球を教えて約半世紀。今もノックバットを振り続けている。 「こら!両手で取れ!」。成瀬さんの怒声が県立大垣北高校(大垣市)のグラウンドに響いた。母校である同校野球部の非常勤講師となって11年目。内野の守備練習で、右へ左へノックを振り、部員に檄(げき)を飛ばす。 「何やってんだ!」「腕を振れ!」と手厳しいが、打った球は選手が捕るまで目で追い、一つひとつのプレーに指摘をする。「その場では厳しいことを言う。でも時間を置いて、こちらから話しかける。『間』が大切なんです」と話す。 大学で準硬式野球部に所属。1965年に県立高校の教諭になり、本巣高校(現・本巣松陽高校)、岐阜北高校で野球部の監督を務め、74年、垂井町の不破高校に赴任した。当時、野球部員は6人。夏の全国高校野球選手権岐阜大会では1勝しか挙げたことがなかった。 練習には、物理教師らしい理論を持ち込んだ。打撃練習では、球をバットに長くあてるように打つ「フォロースルー」を徹底させた。「球の飛距離は、与える力と、球とバットの接触時間の長さに比例する。物理の理論なんです」。監督就任後5年で、チームを初めて岐阜大会8強に導き、その5年後にも8強入りを果たした。 指導方針は、今も変わらない。部員らには「投げる、打つ、捕る」という基本の大切さを説く。「野球は守備も投球も、プレーを邪魔されることがない。だから、自分の心の持ちよう。ファインプレーを狙うよりも、基本に忠実なプレーを」。半世紀にわたって部員らに伝え続けてきた。 この夏、甲子園で開かれる表彰式に臨む。現役の監督時代や、県岐阜商や市岐阜商など強豪校の校長を務めた4年間に、一度も出場できなかった憧れの舞台だ。 監督として指導してきた部員は200人以上。「受賞は自分と関わってくれた全ての選手のおかげ。みんなが、自分を甲子園に連れて行ってくれた。こんな幸せなことはありません」。成瀬さんは真っ黒に日焼けした顔で、にっこりした。(竹下由佳) おすすめリンク岐阜ニュース
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