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岩手県勢3校、8強入り 春季東北高校野球

2012年6月9日1時2分

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写真:大館鳳鳴―花巻東 1回裏花巻東無死満塁、太田の左犠飛で三塁走者大沢が生還。捕手富樫=青森県営拡大大館鳳鳴―花巻東 1回裏花巻東無死満塁、太田の左犠飛で三塁走者大沢が生還。捕手富樫=青森県営

写真:日大山形―盛岡大付 2回裏盛岡大付2死一塁、佐藤の三塁線を抜く適時二塁打で一塁走者望月が生還。捕手浅沼孝=青森県営拡大日大山形―盛岡大付 2回裏盛岡大付2死一塁、佐藤の三塁線を抜く適時二塁打で一塁走者望月が生還。捕手浅沼孝=青森県営

写真:鶴岡東―一関学院 4回裏一関学院1死満塁、村上が左越えの満塁本塁打を放つ=青森市営拡大鶴岡東―一関学院 4回裏一関学院1死満塁、村上が左越えの満塁本塁打を放つ=青森市営

 第59回春季東北地区高校野球大会(東北地区高野連主催、朝日新聞青森総局など後援)の2回戦が8日、青森県の2球場であり、岩手県勢3校がすべて勝って8強入りした。花巻東が大館鳳鳴(秋田)に、一関学院は鶴岡東(山形)にコールド勝ち。盛岡大付は日大山形を大差で破った。9日の準々決勝では花巻東と盛岡大付が対戦し、一関学院は光星学院(青森)と対戦する。

■6回に打者11人の猛攻

(花巻東9―1大館鳳鳴)

 花巻東が6回に6点を挙げて試合を決めた。この回、大沢、太田、代打武田の3本の適時打が出て、打者11人を送った。連投のエース大谷も力を抜いて変化球でうまく打ち取り、1失点で完投した。

■3連打でエース支援

(盛岡大付9―3日大山形)

 盛岡大付は上位打線の振りが鋭い。2点を先制された直後の1回裏、3番佐藤の適時打と5番菜花の犠飛で追いつき、2回は望月、佐藤、二橋の2―4番の3連打などで4点。エース出口の投球を楽にした。

■10奪三振の好投

(一関学院7―0鶴岡東)

 投打のかみ合った一関学院が7回コールド勝ちした。2回に二塁打で出塁した菊池を犠打と犠飛でかえして先制。4回、村上が左越えに満塁本塁打を放ち試合を決めた。投手鈴木匡も10奪三振の好投だった。

■「豪打」の盛大付へ着々

 目指す「豪打」の完成間近を思わせる盛岡大付の集中攻撃だった。

 2回裏。1点を勝ち越した後、2死二塁の好機が続いていた。2番の望月直也(2年)が中前へはじき返して点差を広げると、続く佐藤廉(3年)も直球をたたいて三塁線を抜く二塁打を放ち、敵失の間に望月が生還。さらに、4番の二橋大地(3年)の2打席連続安打は左前への適時打に。リードが4点に開いた。

 3回も、2死から千葉俊(3年)、出口心海(3年)の8、9番の連続二塁打で追加点を挙げた。

 「2アウトから長打で点を取るチーム」を目指して一冬、練習してきた。昨秋の県大会で花巻東に2―5で敗れ、東北大会出場を逃した。単打でつないでも、結局得点につながらないことが多かったことから、関口清治監督を中心に「昨夏甲子園出場校の花巻東を、違うやり方で越える。岩手に豪打、強打と呼ばれるチームがあってもいい」と方針を一新した。

 監督のつてで、光星学院の金沢成奉総監督を招いて打撃指導を仰いだ。「どの選手でも長打を打てるように」と、練習時間のほとんどは打撃に割いた。雪の上で近い距離からの速いボールを打つ練習を重ねた。

 長打を放つためにどんな球をどのように狙えばいいかもたたき込んだ。速いタイミングで迷いなくバットを振れるようになり、飛距離が伸びた。この日も県大会と同じように下位打線からも長打が生まれた。

 準々決勝の相手は花巻東。県大会準決勝で破っても、選手たちの間にあまり笑顔はなかった。東北の優勝旗をつかむことが目標だからだ。二橋はじっと前を向いて「エースの大谷(翔平)が出てきたら、自分たちの練習成果を出せるように打っていきたい」と話した。(田渕紫織)

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