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旧制二中の誇り腕に 鳥羽が新ユニホーム

2012年3月19日11時15分

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写真:左袖に「KSMS」の文字が入ったユニホームに袖を通す枝勇樹主将(右)と五味拓真投手=南区拡大左袖に「KSMS」の文字が入ったユニホームに袖を通す枝勇樹主将(右)と五味拓真投手=南区

写真:1946年の全国中等学校優勝野球大会に出場したときの京都二中の野球部員。胸元にKSMSの文字がある=京二中・鳥羽高校野球部OB会鳥羽クラブ提供拡大1946年の全国中等学校優勝野球大会に出場したときの京都二中の野球部員。胸元にKSMSの文字がある=京二中・鳥羽高校野球部OB会鳥羽クラブ提供

 選抜高校野球大会に出場する鳥羽(京都市南区)が、「KSMS」の文字をつけたユニホームを新調した。「Kyoto Second Middle School」(京都二中)の英単語の頭文字。鳥羽の前身で、野球の名門校として全国に名をはせた旧制京都二中の精神を引き継ぐ決意を示した。

 白いメッシュ地の袖口に、紺色の「KSMS」の文字。腕を通した枝勇樹主将は「年代が違っても全国制覇への思いは同じ。先輩の思いも一緒に戦いたい」と表情を引き締めた。

 旧制京都二中は1900(明治33)年、現在の鳥羽高校の場所に開校。「文武両道」を掲げ、野球部は15年に開催された「全国中等学校優勝野球大会」(全国高校野球選手権大会の前身)の第1回大会で優勝した。

 第2次世界大戦が始まり、野球部は廃部になったが、戦後に復活。46年の全国中等学校野球大会で準優勝を飾った。学制改革で48年に廃校になったが、84年、「後継校」として鳥羽高校が開校した。野球部の山田知也監督はKSMSのロゴに、「明治からの伝統を持つ野球部であることを選手たちに強く意識してほしい」と思いを込める。

 46年の大会で捕手を務めた金森正夫さん(81)は「当時、満足に食べられず、練習中も空腹だった」と振り返る。京二中・鳥羽高校野球部OB会鳥羽クラブの顧問、黒田脩さん(82)は「大会後に京都に戻ってパレードし、喝采を浴びた。復興の象徴のようなロゴを使ってくれるとは夢のようだ」と語る。

 黒田さんたちOBは12日、石清水八幡宮(八幡市)に参り、後輩たちのためにお守りをもらってきた。二中時代にも、先輩が後輩に石清水八幡宮の白いはちまきを贈る伝統があったという。「お前たちの後ろには先輩もおるし、神さんもいるぞ、という思いです」と金森さん。

 枝主将は「戦争のためにできなかった試合もあったこと、人数も道具もぎりぎりの中で全国制覇を目指したことなどを聞いた。大変な時代、練習に取り組んだ姿勢に、僕らも負けられないと感じます」と話した。(松川希実)

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