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〈神奈川・負けてたまるか 公立球児の挑戦1〉熱投16回 僕らの原点

2010年06月30日

 平塚球場のスコアボードがゼロを刻むたびに、スタンドからどよめきが起こる。

写真川村丈夫さんは当時のことを懐かしそうに振り返った=横浜市中区
写真河原純一投手。再び1軍のマウンドに上がるために準備を怠らない=ナゴヤ球場

 1990年7月27日。第72回全国高校野球選手権神奈川大会準々決勝は厚木と川崎北の県立校同士がぶつかった。

 厚木のエースは川村丈夫。伸びる速球を武器に、大会ナンバー1の評価を得ていた。川崎北は河原純一。無名だったが、この夏は大きなカーブで強豪を連続完封していた。

 試合は1―1のまま、延長に突入していた。

 川村は尻上がりに調子を上げ、延長に入って毎回三者凡退で抑えた。河原はたびたびピンチを招きつつ、頭脳的なプレーを絡めて切り抜けた。両校とも好守でもり立てた。

    ◎

 2人に会いに行った。

 横浜ベイスターズ球団事務所。今年、2軍投手コーチからスコアラーになった川村はスーツ姿で、当時の新聞を懐かしそうに眺めた。「あの試合で河原君に刺激され、初めて自分らしい投球ができた」

 中日ドラゴンズ2軍が汗を流すナゴヤ球場。ユニホーム姿で現れた河原は、新聞にはほとんど目を通さず、「懐かしいね。打てるもんなら打ってみろ、と思って投げた」。

 川村の中学は野球部がなかった。高校は進学校を選び、野球部へ。「厚木は丸刈りじゃなかったから」

 河原は私立強豪から声がかからず、「横浜商なら」と思ったが、「お前じゃレギュラーになれない」と言われてあきらめた。

 甲子園は遠かった。

 厚木は練習に工夫を凝らし、川村はかまぼこの板を投げて球に回転を与える感覚を覚えた。河原の川崎北は校庭が狭く、打撃は朝の練習でしかできない代わりにノックで内野守備を徹底的に鍛えた。

    ◎

 「先にマウンドを降りたくない。野球は楽しい、と思いながら投げた」という川村に、「暑いし、勝ちたい。そんなことばかり考えた」という河原。延長に入ってからのことは2人ともあまり覚えていない、という。それでも同じことを言った。「ただ夢中で、ミットめがけて投げた」

 16回表。川崎北の先頭打者が四球で歩いた。1死三塁から3番打者が直球を左前にはじき返す。打球がイレギュラーし、外野を転々とする間に打者走者も生還した。

 川村199球、河原240球。3時間56分の試合は終わった。

 川村は河原に「甲子園へ行ってくれ」と声をかけた。「同じ県立として勝ち上がって欲しかった」。だが、河原の肩は限界だった。1日置いた準決勝。4回の投球練習中に痛みがひどくなり、交代を申し出た。逆転負けで、託された夢は、ついえた。

    ◎

 2人のその後の野球人生は、必ずしも平坦(へいたん)ではない。

 川村は一般入試で立教大へ進む。社会人の日本石油時代にアトランタ五輪代表として銀メダルを獲得。横浜にドラフト1位で指名されるといきなり10勝。99年には17勝をあげた。その後は故障にも苦しみ、2008年に引退した。

 河原は駒沢大で活躍。巨人にドラフト1位で入団し、02年には日本シリーズの胴上げ投手となった。しかし、西武移籍後はけがに苦しみ、07年オフに解雇。1年間の浪人生活、トライアウトを経て中日入りし、昨年復活を遂げた。

 川村は振り返る。「あれだけ無心で投げられたのは、あの試合だけ。人生を通して、僕のベストピッチだったかもしれない」。そして得た、大きな自信。「あの試合がなかったら、勝っても9回で終わっていたら、その後の僕はなかったかもしれない」

 今、初めてスタンドから野球を見つめる。「選手時代になかった新しい視点がある。この経験を今後の野球人生の糧にしたい」

 河原も、自らの原点をあの夏に見いだす。「ずっと弱いチームでやってきた。負けることが嫌いで、最後に川村君といい試合ができた」

 今は故障で2軍調整中だが、またはい上がるつもりだ。「あきらめなければ、いいことがある。それを求めて、また頑張っちゃう」。クールに見える河原が、ちょっと熱く語った。(敬称略)

 第92回全国高校野球選手権神奈川大会が7月11日、186校が参加して開幕する。

 私立の強豪がひしめく神奈川で、公立校の優勝は90年の横浜商(横浜市立)以来19年間ない。横浜商以外では54年の同市立鶴見工が最後。県立校となると、51年の希望ケ丘以来58年間途絶えている。

 決して強豪とは呼べないチームでも、球児たちは「負けてたまるか」と白球を追い、相手に立ち向かう。そして、その後の人生でも繰り返し心の中で唱えるのだ。「負けてたまるか」(この連載は安富崇が担当します)


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