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選抜の悔しさ胸に、ぶれなかった日本一の夢 中京大中京

2009年08月25日

 春夏通算11回目の全国優勝を遂げた中京大中京。大量得点を生み出す爆発力が、高校野球ファンの目に焼き付いた。手堅い守備が、その攻撃力を支える。そして、精神面の大きな成長。すべてがそろって、43年ぶりの深紅の大優勝旗をもたらした。

写真優勝を決め、応援席に向かって駆け出す堂林(中央)ら中京大中京の選手たち=24日、阪神甲子園球場、小川智撮影
写真三塁側の応援スタンドにあいさつする中京大中京の選手たち=24日午後、阪神甲子園球場、筋野健太撮影
写真試合後、涙でインタビューにこたえる中京大中京の堂林翔太選手=24日、阪神甲子園球場、金子淳撮影
写真記念撮影で笑顔を見せる中京大中京の選手たち=24日午後、大阪市内のホテル、恵原弘太郎撮影

 6点リードで迎えた9回、2死と追い詰めた。しかし、連打で2点を返され、走者は三塁。ここで日本文理(新潟)の4番打者、吉田雅俊君(3年)の打球が三塁側ファウルゾーンにふらふらと上がった。「優勝か」。観客の誰もが確信したその瞬間、三塁手の河合完治君(3年)の後ろにぽとりと落ちた。

 「見失ってしまった。もしかして、と春のあの場面が頭に……」

 河合君の頭をよぎった「あの場面」とは、09年春の選抜大会の準々決勝、報徳学園(兵庫)戦。1点リードして9回表2死。勝利へあと1死と迫ったが、満塁でカウント2―2から逆転打を許した。そのまま敗れ、4強入りを目前で逃してしまった。

 08年春の選抜に出場したメンバーも残る中京大中京は、他校の監督から「1番から9番まで、みんなホームランが打てる4番打者」とも評されるほど個々の能力が高い選手がそろう。「力をつけるのではなく、持ってる力をいかに発揮するか」(大藤敏行監督)。全国制覇を狙うチームに「精神力」という課題が突きつけられた。

 ショックを受けた選手たちの精神面での支えになったのは、メンタルコーチとして12年ほど前から中京大中京で年に数回、指導をする椙棟(すぎむね)紀男さん(63)だった。椙棟さんは「彼らは入学したときから『日本一』を見据え、それが一切ぶれなかった」と話す。

 今春の選抜後、椙棟さんは選手たちに「目標に向かって、何をするべきか。それぞれ何が大事だと思っているか、『言葉』を作ろう」と助言した。選手たちは「やるべきことを明確にする」「困ったときは考える」など、それぞれの「言葉」を考え出し、つねに意識するようになった。チームは「日本一」という目標に向かって、再び走り出した。

 優勝候補の一角として迎えた、この夏の甲子園。2回戦の関西学院(兵庫)戦は9回に追いつかれたもののサヨナラ勝ち、3回戦の長野日大戦でも5点のリードを追いつかれる嫌な展開も、終盤に突き放して勝利をものにした。

 準決勝で春の選抜準優勝の花巻東(岩手)に勝った夜、河合君は「春のときは詰めの甘さや気の緩みがあったと思うが、克服できた。何事もプラスに考え、やるべきことをやれば、『野球の神様』が見ている」と胸を張った。

 そして決勝戦。1点差に詰め寄られて、なお2死一、三塁。相手打者の痛烈な打球は「もし負けていたら、一生野球ができないほど悔やんでいた」と責任を感じていた河合君の正面へ。グラブに収まり、優勝が決まった。試合後、河合君は言った。「あと1メートルでも横にずれていたら抜けていた。『野球の神様』のおかげです」

 悔しさを乗り越え、ひたむきに全国制覇を目指し続けた中京大中京に、「野球の神様」が最後にほほ笑んだ。(相原亮、小松隆次郎)


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