私共夫婦は帰国建築家である。ロンドン在住時代私は修行期間。給料はお世辞にも高いとは言えなかった。宿代を払った後一日に使える生活費はせいぜい夫婦で10ポンド程度。物価は当時と殆ど変わっていないので、1600円程度である。ところが実に生活が豊かであった。週末となると我々夫婦はテムズ河沿いのリバーサイドウォークへとサイクリングにでかけた。目的地はリッチモンドパーク。公園を一巡りすると、丘の上のカフェでティータイム。ベイクドポテトをつついて紅茶をすすっていると、テムズ河のかなたに夕日が沈む。これだけで結構週末は満足である。我々夫婦が住んでいたのはアクトンタウン。決して高級住宅地ではないが、どの道も並木が美しい。ちなみに先進国主要都市で電線が堂々と走っているのは日本だけである。電線が無いので並木は大きく広く伸びている。その美しい並木道に向いて住戸はベイウインドウを突き出し、窓台に小物を飾る。美しい日常があった。

東京に比べロンドンの生活はとても豊かである。これは経済的潤いには決して換えることのできない質である。この大きな差は建物の寿命の違いに根ざしている。日本の殆どの住宅は30年ほどで建て替えられてしまう一世代だけの為の使い捨て仮設建築である。現代日本の住宅は基本的にバラックなのである。寿命が短いと建物にかけられる思い入れも小さくコストも小さくなってしまう。結局のところ経済原理が優先して建築の殆どの部分が工場生産品の組み合わせとなってしまう。工場生産品の組み合わせに思い入れを持つことは大変に難しい。人は人の手の努力をちゃんと感じるものである。しっかりと作られた住宅には窓枠や鴨居あらゆる場所に大工の思い入れがこもっていた。今それを期待することは非常に難しい。

元来新築住宅というものは金がかかるものである。一世代だけで消費するには無理がある。ロンドンで我々が住んでいた住宅は約築100年。日本で築100年と言うと文化財ものであるが、ロンドンではあたりまえの光景である。ロンドンの住宅のオーナーは一世代ではない。住む人は次々と移り変わり時代を超えて大切に住みこなされていく。二代目三代目の住み手は日本のように30年ローンを組む必要がない。我々が貧しいなりに素敵な家に住めたのはロンドンの住宅が長生きだったからである。長く人が住む町は都市景観への思い入れも強い。結果として町も美しくなる。子供孫世代が大事に使いたくなる住宅。或いは転売して新しい家族が住み次いで行くような住宅。社会資産となり次世代の日本人がわざわざ作り直さなくても良い住宅。時代を超えて文化を継承して生き残っていける住宅のあり方が求められている。

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