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絵門ゆう子さん逝く 発信続け最期まで希望

2006年04月06日18時26分

 本紙東京版の人気コラム「がんとゆっくり日記」の筆者、絵門ゆう子さん(49)が3日夜、亡くなった。「書いたり話したりするのは張り合いになるの」という言葉の通り、困難の中でも未来への希望を失わず、最期まで精力的に発信を続けた。(上野創)

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「命はみんな同じだけ重くて大事。今日という日があってよかった、と思えるように日々過ごして」。絵門ゆう子さん(左)は、「いのちの学習」に取り組む子供たちに笑顔で語りかけた。隣はパラリンピックの水泳金メダリスト成田真由美さん=2月18日、新宿区立四谷第六小学校で

 「私ね、がんの話題でしゃべり出すと止まらないのよ。例えばね……」

 講演会で初めて会った日、絵門さんは目をぱちぱちさせながら話し出した。患者の気持ち、医療への願いや注文、病や治療との付き合い方。実際、思いがあふれて言葉が追いつかないようだった。私も2度のがんの再発を経験していたので、共感することばかり。

 「その熱い気持ち、新聞で書いてみませんか」とお願いして03年11月、「がんとゆっくり日記」が始まった。患者の心を歯切れ良い言葉とユーモアでつづる「日記」は、紙面の都合で休載すると多くの問い合わせがくる人気のコラムになった。

    ◇

 話したい。発信したい。その源は、「がん患者は死が近くてかわいそう」といった狭い枠を外してほしいという、世間への憤りだったと思う。

 「死を受け入れよ、じゃなくて、きちんと生に執着せよって言ってほしいね」「余命、告知、壮絶、みたいな怖い言葉は即刻、やめるべきよ」「元気になったがん患者のドラマはなぜないの?」とコラムで書いた。

 自身も死ではなく、ひたむきに生に目を向けていた。どんなに確率が低くても、「難しい」と思われても、完治を信じる自分がいる、と。

 「あとどれくらい生きられるかなんてことばかり考えずに、今生きることに目を向けようよ」

    ◇

 「病人だから何もできないというのは違う」「できる範囲で期待してほしい」とよく話していた。実際、期待されると燃える人で、じっとしているのが苦手だった。

 本の執筆だけでなく講演や朗読コンサートに飛び回った。首にコルセット、キャスター付きの茶色い小ぶりのバッグが移動のスタイル。今年2月9日付のコラムには「約束した講演や朗読が置き石のように元気をつないでくれる」とある。

 そんななかで、週1回のコラムを2年半近くも続けるのは大変だったはずだが、自分から「休みたい」と言ったことは一度もなかった。「反響もうれしいし、生きる張り合いだから大丈夫」といつも答えた。

    ◇

 医療に対しては「患者から希望を奪わないで」と要望した。

 「心ない言葉を投げかける医者がまだいるらしいのよっ」「本人が望みもしないのに余命を告げることにどんな意味があるのかしらね」。病と向き合う仲間や読者から報告を受けると、憤慨して私にそう電話してきた。

 ちょうど1年前のコラムでは、信頼している主治医の中村清吾先生について触れている。「やはり先端医療うんぬん以前に人間性。そして肝心なのがタイミングと相性」

    ◇

 絵門さんは3日夜、風呂から上がってマッサージを受けているときに息苦しくなり、救急車で聖路加国際病院に入った。中村先生や家族が見守る中で息が止まった。

 絵門さんの喜怒哀楽を抜群の包容力で受け止め、コラムにもたびたび登場した夫の三門(みかど)健一郎さんは「なるべく家で過ごしたい、中村先生の『ご臨終です』の声で逝きたい、という希望通りでした。最期の最期まで前向きに生きようとしていました」と話した。

 最後の回となった先週のコラムは「次回も続きます」で終わっている。自身のこれまでを「ストレートに報告する」がテーマ。本音の経過報告をもう数回続ける構想だったらしい。「何を書きたかったのでしょう」と三門さんに問うと、「いつか、あちらの世界にいったら聞いてみましょう。あの調子でいくらでも話し続けると思いますよ」。

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 絵門ゆう子さんは79年、NHKにアナウンサーとして入局した。「NHKニュースワイド」のキャスターなどを務めた後、86年に退局。その後は、フリーアナウンサーや女優としても活動した。

 00年に乳がんの診断を受け、全身に転移したが治療を受けて活動を再開。03年に自ら体験した医療とのかかわりなどをまとめた「がんと一緒にゆっくりと」(新潮社)を出版し、05年には続編「がんでも私は不思議に元気」をまとめた。

 同年には、5匹兄妹のウサギを主人公に命の大切さを訴える絵本「うさぎのユック」を執筆。子供たちと一緒に同書の朗読コンサートも開いた。

 各地で講演を行いながら、産業カウンセラーの資格を取得。がん患者や家族向けのカウンセリングを続けた。

 03年11月6日に始まった東京版の連載「絵門ゆう子のがんとゆっくり日記」は、紙面の都合で休載した週を除き、3月30日付まで92回続いた。

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 絵門さんの葬儀は7日午前10時半から、中央区明石町10の1の聖路加国際病院礼拝堂で。喪主は夫健一郎さん。

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 連載「がんとゆっくり日記」を終了するにあたり、読者の皆さまからお便りを募集します。がんと暮らす日々や心の動き、命の大切さなど、絵門さんが率直につづった日記の感想を電子メール(tokyo@asahi.com)かファクス(03・5157・0615)でお寄せください。紙面で紹介する場合もあります。

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