2005年10月05日16時12分のアサヒ・コム
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コラム「イタリア・食の万華鏡」

イタリアのイメージは「輝く海を背景に大盛りスパゲッティを薦める太っちょシェフ」かもしれないけれど……。イタリアは広く、それに深い。行く度に見たことのないものと出会い、知るたびに驚くことばかり。そんなイタリア、料理からご紹介しましょう。

仔羊のワラ包み焼き――ピエモンテの農家から

2005年06月02日

長本 和子

 ふんわりと盛られたワラの間に肉の塊が見える。近づくと食欲を誘う仔羊のにおいと野原を思い出させるワラの香り。そして銀盆の上の料理はそのまま厨房(ちゅうぼう)にひっこめられ、しばらくして白いお皿が一人一人の前に運ばれてきた。

 皿の上にはスネ、ロース、モモ肉が一切れずつ並び、横には揚げたジャガイモが二切れ、パセリもなし添えの野菜もない。

 かすかに響くナイフとフォークの音。

 ボタンエビの前菜を食べた時から「美味しい」と歓声の続いたテーブルが静まった。「すごいねえ」誰かがため息をついた。虚飾をすべて取り除いた料理の本質だけがある……そんな一皿だった。

 場所は銀座のリストランテ。広告代理店がイタリア関連の商品のイメージキャラクターを探すために企画した通常営業外の食事会でのことだ。

 料理人は青山のリストランテ・アカーチェの奥村忠士シェフ。

 多くの料理人の作品を味わってきたが、この時ほどプロのすごさを見せ付けられたことはなかった。今でも、あの日あの料理に出会えたことを幸運に思う。

    ◇

 この料理に奥村シェフが出会ったのは、すでに日本で名を成した後、二度目のイタリア修業で行ったピエモンテのトッレ・ペリチェにあるリストランテ・フリポーにいた時だった。そこは北イタリアの料理人が、今を代表するシェフとして必ず名前を挙げるヴァルテル・エイナルドゥの舞台である。

 ヴァルテルシェフは、まだイタリア料理がフランス料理にコンプレックスを抱き、イタリア料理たる価値を見つけられずにいた1990年代、すでにその答えを知っていたかのように郷土料理を基本にした料理を提案していた人だ。だから奥村シェフは彼の厨房で、郷土の料理を確かな技術力を持って再創造したものを見続けることになった。

 メニューに並ぶのは、ワインの名産地らしい「豚スネ肉のワイン煮込み」、もちろんチーズの産地でもあるため「仔牛のフォンドゥータ・ソースかけ」、生ハムなどの加工肉も土地のもの、チーズのワゴンに至っては、契約農家がフリポーのためだけに作ったものが十数種類もならんでいた。

 ともかくもキーワードは郷土料理。中でも仔羊のワラ包み焼きは、特に奥村シェフの印象に残ったものだったという。

 郷土料理は、例外を除いてすべてが身の回りで手に入れられるもので出来ている。この料理に使われているのは、野原で飼っていた仔羊、野原で採れる香草、そして穀物収穫後のワラ。農民たちが野良仕事に行く時に、肉をワラに包んで燃えさしの暖炉の中に入れておき、帰ってきた時に温かいものを食べることが出来たというのがいわれだ。季節によってワラは牧草に変わったりするが、いつの時でも農民たちの愛する大地の香りがしてくる。

 「この時季、麦ワラは手に入らないので田舎から稲のワラを取り寄せました。農業にいそしんだ人の喜びが心に響く料理ですよね」

    ◇

 その後フリポーには何人もの日本人が修業に訪れた。この欄でも過去に紹介したトラットリア・フィオッキの堀川シェフ、今回のリストランテ・ルーチェの高橋シェフらは、ヴェルテルシェフの思いを学んで帰国し、それぞれの季節に応じた仔羊のワラ包み焼きを自分のリストランテで提供している。「この料理がなぜ生まれたか」「誰が食べていたのか」「どのような土地だったのか」と、その背景を語りながら。

 地球の裏側の高級リストランテで自分たちの生活からうまれた料理が出されているなんて、本家トッレ・ペリチェの農民たちが知ったらびっくりするだろうし、喜んでもらえたとわかったら日本に好意を抱くだろう。反対にこの料理を口にした人は、ピエモンテという土地に親近感を抱くに違いない。

 でも、これって、ただ料理が伝わっただけではなく、もっと大きなこと、そう文化が伝わったってことじゃないかしら。

 

【レシピ】

仔羊の牧草包み焼き

Carre di agnello cotto nel fieno maggengo

材料(3人分)

仔羊の骨付き背肉(掃除したもの) 1本/無農薬の牧草 2つかみほど/皮付きニンニク 3片/タイム・オレガノ 各3本/仔羊の骨でとったスーゴ 120g/バター 40g/付け合わせ(季節の野菜) 適量/塩・コショウ 少々/白ワイン 90cc

[1]ホーローの鋳物ココットにバターを溶かして、つぶしたニンニクをいためる。

[2]仔羊に塩・コショウをしてココットに入れ、焼き色をつける。

[3]ニンニクと仔羊を取り出して牧草と香草をココットに敷きつめる。

[4]焼いた仔羊と野菜(ジャガイモ、アスパラガス、アーティチョークなど)の下茹でしたものとニンニクをココットに戻し、さらに牧草で覆う。

[5]フタをしてオーブンに入れ、仔羊の中心部に火が通るまで加熱する。

[6]火が通ったら、オーブンからだして休ませておく。

[7]仔羊・野菜は取り出して保温しておき、牧草少しとニンニク・香草は残してあとは取り除く。

[8]ココットに白ワインをふってから強火にしてアルコール分をとばし、スーゴを入れて香りを移すように煮出す。シノワでこしてソースとする。

[9]仔羊を切り分けて野菜とともに皿に盛り、[8]のソースをかける。


プロフィール

ながもと・かずこ

 イタリア食文化研究家、ict食文化企画主宰。"i(イー)"はItalia−イタリア、"c(チー)"はCulinaria−食文化、"t(ティー)"はTradizione−伝統。イタリアの食文化を伝統の面から紹介しています。

料理人を本場イタリアの料理学校やホテル、リストランテに派遣するなどして研鑚の機会をサポートする「イタリア料理長期研修」「イタリアソムリエ長期研修」を主催。研修出身のシェフやソムリエが数多く活躍しています。

 また国内ではイタリア料理を深く追求するセミナーリオや一般向けの料理講習会を企画しています。

 詳しくはホームページ「倶楽部アピーチョ」をご覧ください。

著書紹介

イタリア野菜のABC Abeccedario delle verdure italiane

長本和子著 小学館発行 定価 1.575円(税込)

 野菜王国イタリアには、魅力的な野菜がいっぱいあります。八百屋さんに行けば、土のついたサラダ菜、形のそろわないズッキーニが山積み。でもその美しいこと。まるで輝きながら自己主張しているようです。そして実際に食べてみると、それ一品だけで立派な料理が出来るような野菜本来の濃い味がするのです。魅せられて30年、イタリア野菜の「通」が、その魅力と美味しい食べ方をあますところなく紹介する楽しい1冊です。


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コラム情報

仔羊の牧草包み焼き

仔羊の牧草包み焼き

Carre di agnello cotto nel fieno maggengo

レシピはこちら>>

ピエモンテの名前の由来になっているアルプスの山。雪が消えるのは夏の短い時期だけ

ピエモンテの名前の由来になっているアルプスの山。雪が消えるのは夏の短い時期だけ

アルプスの山の村には、木を使った独特な建物が残っている

アルプスの山の村には、木を使った独特な建物が残っている

市場で目立つのは加工肉とチーズの種類の多さ

市場で目立つのは加工肉とチーズの種類の多さ

地図

ピエモンテ州

クリックで拡大します別ウインドウで開きます

 リストランテ・フリポーのあるトッレ・ペリチェはトリノから電車で約50分のピネローロでバスに乗り換えていく。2000年までは鉄道が通っていたが、大洪水で橋が流れてからはバスが唯一の交通手段。15分も歩けば通り抜けてしまう小さな街だが、リストランテ・フリポー(C.so Gramsci, 17 Torre Pellice (TO) , tel 0121/91236)を目指してくる人が後をたたない。

シェフから

高橋健志シェフ

イタリアで修業したリストランテ「Flipot」で特に心ひかれたのが、仔羊と乾草という地の物を使ったこの料理です。イタリアではフィエノマジェンゴと呼ばれる乾草でしたが、日本ではそれに類似した無農薬の牧草を使用しています。これが当時の香りの記憶とマッチしてなかなかの味と自負しております。

食べにおいでよ

リストランテ ルーチェ

Ristorante Luce

〒302-0102 茨城県守谷市松前台1-1-3

tel:0297-20-0662

fax:0297-20-0663

営業時間 11:30〜14:30/18:00〜21:00

定休日 月曜日

 並木道に面した一軒家のリストランテです。中に入ると、高橋シェフがFICTイタリア料理研修に参加していた時に現地で集めた調度品の数々が並んでいます。でも持って帰ってきたのは品物だけではありません。土地の材料を使った手作りの品々でお客様をおもてなしするという心。季節の果物を使ったジャムや野菜の酢漬け、ボッタルガにパンチェッタまで自家製です。菜園から持ってきた野菜や香草を使った、本場そのままの料理をお楽しみください。

イタリアブオンリコルド加盟店案内

ブオンリコルドとはイタリア語で“良き想い出”。加盟リストランテでお奨め郷土料理を召し上がれば、南イタリアで焼いたオリジナル絵皿がプレゼントされます。あなたも世界のコレクターの仲間入りをしませんか。

【想い出のお皿ブオンリコルド協会】サイト

【14】Antica osteria 15 campanili

ロンバルディア州

Via Luigi Maino, 18 Busto Arsizio Varese

Tel・Fax 0331/630493

アントーニオとカテリーナ・パガーニは、おいしい料理と心のこもったおもてなしの場所をご用意してお待ちしています。

川村易の創意工夫

Fantasista

 コラムのタイトルを描いたイラストレーター・川村易さんのサイトはこちら

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